多忙な時期がようやく過ぎ、しばしの心の休暇がわずかながらの日数を費やすことができます。気がつけば5月半ば、新緑の季節が目を休ませてくれているようです。
読書の時間に「安岡正篤師」 人間学を開いてみました。学ぶこと多いものです。
人間学の二条件・・・徳慧(とくけい)の学問、即ち広い意味においての道徳的学問、人格学、これを総括して「人間学」というならば、この学問が盛んにならなければ本当の文化は起こらない。民族や国家も栄えない。というのである。
師は学問を二つに分けていられる。ひとつは「知識の学問」もう一つは「智慧の学問」である。前者は機械的知識をいい、後者は経験を積み、思索反省を重ね、人徳を練る中から湧き出てきたもので、体験の中からにじみ出てきたもっと直観的な、人格的な学問のことを言う
・・・・機械的な学問は、極論すれば物質のみの世界であり、まずものありきから始まるが、人格を磨く学問からは心の偉大性から発し、物質は心を磨くための道具や手段としてとらえるのである。
こうしたことを学ぶにつけ、昨今の日本人の体たらくさを遺憾に思う次第である。GW期間における高速料金1000円に殺到する誇りなき行為や、金さえばらまけば経済が活性化するとうそぶく政治家、友達感覚で指導しなければならない学校の教師、無責任なマスコミなどなど数え上げればきりがない始末である。
「矜持」不在の国民にならないよう、人間学を学びたいと思うのであります。
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