2018年10月28日

人生の目的という事

はじめに・・・
人生の目的を成就しようと思う時にどうしても「目標設定と行動計画」が必要だと思い至ったのが、35歳を迎えた頃でした。
仕事に夢中だった私は、海外の特に米国の経営理論の勉強とその実践による理論検証の積み重ねの日々を、送っていました。その当時の経営理論の骨子は軍隊の組織と運用がモデルとなっていると教えられていました。
米国式合理主義を基本とした人の配置や教育やオペレーションシステム(作業のしくみ)
物質至上主義による業績優先主義。当然のことながら人は業績をつくるための材料であるかのような扱い、米国におけるエリートと非エリートの格差の広がりは日本における格差とは比べられない状況であったにもかかわらず、多くの日本企業がこの理論を取り入れ業績を伸ばしていったのです。
私は数々の書物に触れながらもどうも納得がいかなくてもっと違った経営理論がないものか、いやそもそも人生とは何なのか人生の中の一部が経営理論、経済であってすべてが合理主義的経営理論ではないのではないかと考えていたころに出会ったのが自己啓発テープと書籍「成功哲学」、ノーマンビンセントピールの「積極的考えの力」といった一連の「クリスチャンニューソート」といわれる思想の教えでした。
それらにかかれていたアイデアのポイントは、偏った生活の否定。トータルの幸福が必要であるという事。ジキルとハイドのような性格の否定。つまりは人格の向上こそが大切であるとの内容でした。
大まかに次の6項目のバランスを大切にせよという事です。

これらのアイデアを経営に持ち込むことが出来れば理想だと考えたのですつまり
1. 仕事と経済に関すること・・お客様にとって良い商品を提供す事で収入を得る
2. 家族と家庭に関すること・・家族主義経営 社員は家族であるということ
3. 教養と教育に関すること・・社員教育、技術や知識の習得
4. 健康と身体に関すること・・健康診断の実施などと同じく心の健康も留意する
5. 社会と文化面に関すること・地域社会への貢献
6. 精神と倫理に関すること・・経営理念とコンプライアンス

又逆に考えると私たちの個人の人生も経営という観点を持たなければいけないと思ったわけです。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日

役割、個性 調和

 太陽系は太陽を中心として九つの惑星と三十二の衛星が整然と歩調を揃え、決して気ままな行動をとることをしない。
これと同じように、人にはそれぞれ器というものがある。人はその器に従って今世での役割を果たしていくのである。

 人間の五体が五体として成立するには各諸器官の有機的な機能が必要である。
それぞれが自己主張し、手足が頭に、頭が腕になりたいと望めばどういうことになるであろうか。
五体はバラバラになり、人間は一日として生存することが出来ないではないか。

 世の中の人々の中には、自分の事しか考えない人、あるいは常に天下国家の事を考えている人がいる・・というのがそれぞれの器ということである。

 また、実によく真面目に働く人がいる。よく働くというのでその人を何人かの長にするとさっぱりダメで人をまとめて仕事をさせることが出来ないという人がいる。そういうことも器である。

 慈悲とか愛という点でも、自分の事となるとおろおろして何かするのに、隣に病人があり困った人があっても知らん顔をしている人がある。
また、自分の事はさておいて人の事に一生懸命になる人がある。

 そういった個性は過去世からの業もあれば今世での周囲の環境、教育 思想 習慣から身についたものもあろう。しかしながらすべての現象は
単独で発生するものではなく相衣性、お互いさまということで成り立っていることを知らなくてはならないのである。

 宇宙の運動や自然の循環を見れば理解できるのである。
 人には個性があり器があり、当然向上心があるわけだから今世にて高い心を持つことが出来るように精進することが目的であって
 達成できなければ来世でまた努力をすればいいのである。

わたし達の使命は永遠の向上を目指すところから始まるのである。

  「広大なる宇宙体は万象万物の根元にして万象万物相互の作用により転生輪廻の法に従う」
posted by 筆文字や隆庵 at 09:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月03日

役割、個性 調和

れ 太陽系は太陽を中心として九つの惑星と三十二の衛星が整然と歩調を揃え、決して気ままな行動をとることをしない。
これと同じように、人にはそれぞれ器というものがある。人はその器に従って今世での役割を果たしていくのである。

人間の五体が五体として成立するには各諸器官の有機的な機能が必要である。
それぞれが自己主張し、手足が頭に、頭が腕になりたいと望めばどういうことになるであろうか。
五体はバラバラになり、人間は一日として生存することが出来ないではないか。

世の中の人々の中には、自分の事しか考えない人、あるいは常に天下国家の事を考えている人がいる・・というのがそれぞれの器ということである。

また、実によく真面目に働く人がいる。よく働くというのでその人を何人かの長にするとさっぱりダメで人をまとめて仕事をさせることが出来ないという人がいる。そういうことも器である。

慈悲とか愛という点でも、自分の事となるとおろおろして何かするのに、隣に病人があり困った人があっても知らん顔をしている人がある。
また、自分の事はさておいて人の事に一生懸命になる人がある。

そういった個性は過去世からの業もあれば今世での周囲の環境、教育 思想 習慣から身についたものもあろう。しかしながらすべての現象は
単独で発生するものではなく相衣性、お互いさまということで成り立っていることを知らなくてはならないのである。

宇宙の運動や自然の循環を見れば理解できるのである。
人には個性があり器があり、当然向上心があるわけだから今世にて高い心を持つことが出来るように精進することが目的であって
達成できなければ来世でまた努力をすればいいのである。

わたし達の使命は永遠の向上を目指すところから始まるのである。

「広大なる宇宙体は万象万物の根元にして万象万物相互の作用により転生輪廻の法に従う」
posted by 筆文字や隆庵 at 11:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

善なるものこそ人の本質

人間の潜在意識の底の底には善なるもののみが存在しているのです。

 善なるものであるからこそ悪事を働くと心が痛いのであります。また善なるものの積極的な顕現に
 失敗しているだけの事であり、元々の素直な心の顕現を心掛けていかなければならないのであり
 その為には普段の修養が大事であるという事です。

 

posted by 筆文字や隆庵 at 09:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする