2021年09月17日

人生の成功

 人生において何を成功と位置付けるかによって、その方の価値基準がわかります。
最近のCMを観察していくと投資による資産運用などの金に関するお誘い、ネット上では○○すれば簡単に稼げます、その他金もうけに関する情報、アフィリエイトで稼ぐとか金になる○○などという情報が出回っているように感じます。
 確かに金銭のの確保は大事であり今の世の中 経済社会における人生の在り方としてないがしろには出来ないという事は容易に理解することが出来ます。モノの生産、製造、流通によって多くの方たちの仕事が創造されその仕事の価値として各人が経済活動に参加しているというのも事実です。

しかしながら経済の問題はあくまでも生きていくための手段にすぎず真の目的ではないのです。人生経営のほんの一部分を占めているに過ぎない経済が何より大切とばかり第一目的と化してしまい、学歴社会の中の教育も人間関係構築もそのための手段にしかなっていないというのが今我が国のみならず世界の情勢を決めているのではないかと思うのです。

 人生の成功を経済に求めたところでそれが本質でないことぐらいは誰もが知っている。その証拠に全世界にて読まれている書物「聖書」「仏典」などはその解釈によって様々な派がありながらも今日まで数千年の間愛されているところをみるにつけ「経済優先」の教えでないことぐらいわかります。
 経済学問も普遍的ではなく理論破たんしていることは現在の世界状況から分かっていることであります。論理破たんしている証拠に、いまだ戦争が存在しかつ今後もそのおそれありという事です。
 聖書や仏典の主役であったイエスや仏陀は金もうけしていたでしょうか、否むしろ物質的には恵まれていなかったといえます。その弟子たちもまた同様です。
 翻って現代の宗教指導者といわれている方たちの状況はどうでしょうか、心ある一部の宗教家を除いては大きな殿堂をこしらえ、豪華な派手な服装で信者の寄進によって優雅な暮らしをしているではないでしょうか、便宜上宗教指導者とかきましたが政治的指導者も同じ、特に共産圏の指導者をご覧ください。結局は物質経済最優先の本性が現れています。

 問題は金のあるなしによって成功か失敗かを判断している心の間違いが生んだ矛盾という事に気付いていない人が大多数いるという事なのです。
  では、成功の定義とは何でしょうか・・・
 イチロー選手は引退会見の折、記者の質問「イチローさんは成功者ですがその秘訣のようなものがありますか?」に対して次のように述べてました「まず、僕は成功という言葉、皆さんが思っているような概念そのものの言葉の響きはあまり好きではありません、成功を言葉で評すれば自分の好きな事をやり続けられて、こうして多くのお客さんに評価されている自分がここにいる。のだという状況こそがまあ成功という事かもしれませんし、好きなことに熱中出来たという過程に価値があるのではないかと思っています」
 とこのような意味の話だったように思います。
 
 さて、私は成功を定義することはできませんが次の事だけは言えます
 自分と自分の周りの調和のために努力しその結果として平和な環境が維持できている。
その環境が一瞬一瞬の時の流れの中に実感できていること
 また、そういう人々が増えていっていると実感出来る事  

 こうありたいと思っています。
 今日は成功の定義について書きました



posted by 筆文字や隆庵 at 10:34| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月15日

あの世の霊たちの協力


シルバーパーチの霊訓(八)
121頁より・・・・

第五章  霊的真理に目覚めた以上 今日や明日のことを心配してはいけません。あなた方の霊に危害が及ぶことは決してありません。
 自分の知っている事、これまでに自分に明かされた真理に忠実に生きていれば、いかなる苦難が降りかかってもいささかも傷つくことなく切り抜けることが出来ます。
 地上で生じるいかなる出来事もあなた方を霊的に傷つけたり、打ちのめしたりすることはできません。
ご自分の日常生活をご覧になれば条件の整った時の霊の威力を証明するものがいくらでもあるはずです。とシルバーパーチはこういい

「最善の努力をされている人々に対しては必ず私たちに関係の深い実在界(あの世)の人々によって常に協力がなされていることを忘れてはならない」 と 高橋信次師のことばであります。

 真理に忠実に生きていくという事に関して具体的にとかれたのは釈尊の説かれた「八正道」であり、この実践こそが人生の旅人である私たちの使命でもあるわけです。

 
posted by 筆文字や隆庵 at 12:15| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月14日

価値観・部分と全体

 いわゆる知性というものから生じる価値観、思想やイデオロギーは人間の一部分だけを捉えて、それがあたかも人間の考える全体の考えであるかのように擬装、吹聴して社会を混乱させている。○○主義というのがそれである。
 わたし達は思想や主義の奴隷になってはならないのである。人間の生活にとって必要なことはほんの一部分だけを全体だと考えるのではなく総合的に捉えなければならないのであります。
 
 人間の心にはそれぞれに領域があります。知性・感情・本能・理性といった機能をそれぞれ受け持っている分野と 思うという想念の分野があり、行動を司る意志という働きを持つ分野があります。

 これらの心の機能をまんべんなく活用していくことが大切であり、例えば知性だけが発達しその他の機能が小さくなってしまうと「知に働けば角が立つ」と、明治の文豪夏目漱石が言ったように、知はとかく分析に流れて全体をみないため細かな人情味にかけるといった弊害をもたらすのです。
  昨今の「コロナ禍対策専門会議」における専門家の意見は部分的、分析的、自己弁護になりがちでとても政治や行政のような全体を俯瞰すべき世界には通用しないという図式を証明しているようです。
 全体の調整役としてはやはり理屈だけではなく感情も本能も理性もバランスよく働かせることが必要なんだと感じます

posted by 筆文字や隆庵 at 12:37| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月13日

永遠の旅魂

 わたし達は例外なく永遠の生命を持ち、過去 現在 未来の三世を繰り返しながら魂の向上を図り、地上界の存在目的である「平和な環境」づくりに寄与しなければならないのです。

 創造主によって創られた私たちの魂はまず天上の世界に光として生まれます。光子体というボディを持ち個性を持った私たちは神意により創造された物質世界に、物質肉体を纏い出生したのであります。その時の様子を言葉にて表すと大地の一角に忽然と姿を顕したのでしょう。
 陰陽の仕組みににより物質生命体の誕生、成長が始まりやがて循環の仕組みが回転していきます。

人類発祥の歴史は神意によって始まり、天上界と同じ物質界を建設するといった使命をもち永遠の旅を続けるものとして存在しているといえる。
また、その旅は厳しいものですし逆に楽しいものです。

 地上界にて生活していた私たちはいずれ肉体の滅びとともにあの世というべき天上の世界の住人となり、また時を経て地上界の住人となるのですが その都度初めての旅の如く錯覚をしてしまいます。  
 しかし、本来の自分を自覚、正しい生き方に目覚めた時には過去の体験、何千回何万回と輪廻してきた際に得た知識、技能や心構えが蘇り現状の問題解決の糧として意識できるようになるのです。

 般若心経はこのことをいっているのであります。

 観自在菩薩行深 ・・・観自在 観る事自在と書いているがこれは当て字。もともとインドの言葉でアポロキティシュバラーという意味でありアポロと呼ばれる悟られた方が深く正しい道を行ずる時に・・・とここまでは言っています。インドにお釈迦様が生まれた頃というのは今から2500年ほど前ですがさらにそれ以前800年ほどさかのぼってギリシャ文明がありそのころの聖者に「アポロ」という方がおられそのアポロといわれた方が説いた教えがヴェーダやウパニシャッドという書に残されており、インド時代の「バラモン」の経典となっていたのである。そこにある「シュバラー」という言葉が前述した「悟られた方」という風になっていたのです。

 詳細は高橋信次先生著 「原説般若心経」ご一読をおすすめします

 一方においては「潜在意識」ともいえるのですがポイントは永遠の命の旅という事なので記憶は肉体に蓄積されているのではなく心・魂といった次元の違うところにあるという事を知らなけれぱならないのです。
 
posted by 筆文字や隆庵 at 10:16| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月08日

知っておくべき事

 
 わたし達は全員が本来は「霊」であり永遠に生き通しの生命体であり、それは個性を持った存在であることを知っておくべきであり、このことを理解していくために、今この地上界という相対的な世界で学習していく。
これこそが真の私たちの姿であるのです。

 この世に生まれる前は天上界ともいうべきあの世にて生活しているのですが、さらにそれ以前は地上界にて生活していたという事になります。過去世 現世 来世の三世は生命流転の過程にして永遠に普遍なることを悟るべし
 
 このことが理解できたらこの世にて思ったこと為したことの結果はずっとついて回るという事になるのだという事も理解できるのです
 お釈迦様はこのことを「悪因悪果・善因善果」「因縁」といわれ、物理学でいうところの作用反作用の法則が万象すべてに適用されているという事なのであり、キリストは「播いた種子がはえる」といわれた。

 生きてるときに作った原因は生きているうちに結果が生じるのか、はたまた死後ももち越していくのか、それでも積み残したものは来世までも持ち越すこともあるのであります
 だから、この世でしか通用しない物質、地位や名誉やお金などに執着することがいかに空しいかを知らなければならないのです

posted by 筆文字や隆庵 at 11:47| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月05日

表面意識と潜在意識

 自粛生活という名の引きこもりがこれだけ長く続くとは、予想だにしなかった現象ではある。
というわけで多くの人達も対コロナ禍とはいえ厭戦気分になっているのかもしれませんが、緊急事態でなかった日々の方が少ないような気がしてるのも小生だけではあるまい。
 という事はすでに「緊急時」が「普通の時」と化してしまっているのないかと感じる今日です。
いつもこのブログに書いている事なんですが正しい情報を発しているマスコミ機関が果たして存在しているのであろうかと疑問に感じるのです。
 感染者と陽性者との違い、検査者総数と陽性者の割合、重症者の定義、死者のプロフィル既往症の有無に関して最近は情報発信をしているものの多くの人々は感染者数過去最多とか言われるとその内情はともかく不必要とも思える「恐怖」を覚えるものです。
 厚生省の罪も重い、確かにホームページ上で細かな数値は公開しているが、そんなもん高齢者は見ないし知らないのです。
だから、マスコミ、テレビの情報しか知らずそれを表面意識でとらえ、無意識に「恐怖」をいだき、その意識が潜在意識に刻まれていくわけですから結果として感染者増に対して無意識に反応してしまうのです。

 人間の普段の生き方を左右するのは意識下ではなくほとんどが潜在している無意識下に存在する思いなのだから常日頃の情報から直感的に物事を判断してしまうようになっていくのです。ましてやすでに1年8か月の間にわたりまき散らされている「情報」は多くの人々の「恐怖増進情報」となるのです。
 こういった話の他に平均寿命が延びたという事もあり日本は「世界一の長寿国」として存在しています。
 コロナ怖いぞ死者が出るぞと脅かしていたマスコミはこのことをどうとらえているのだろうか?

またワクチン接種がすすんでいるからか、感染者数は増えても死者数は増えていないのです・・これもネットで調べたら、厚労省のページをみたらわかることなのですが・・・・

 先般新聞記事に「医師の悲鳴」「病床が間に合わない」「医療崩壊」などのおどろおどろしい文言が並んでいました。これもまた変な話であって世界一の病床数を誇る日本の医療事情と現在推移している重症者数の世界との比較から見て全くあり得ない数字を羅列しているのです。行政に関しての不満なのか不満をたきつけて政治不信をあおっているかのような記事になっているようで気味が悪いですね。実はこの問題解決に関しては政府からも予算を頂いていて改善のための経済投資が利用できるはずなのになぜかしないで、専門家会議からは外出自粛のみ訴求している状態、医師としての職業倫理などみじんも見られない状況になっているのです。あれだけ「緊急事態宣言」していても問題解決になっていないという事に彼らは気づいていないのか、それとも無視なのか、いずれにしても今回の事態を鑑みるに「医師会」のぶざまなさまが如実に表れました。
 みっともないのはテレビに出ている医師だけならまだ救えますけど・・・
本来なら「なぜ2類伝染病(コレラ・エボラ出血など死亡率の高い伝染病)と同列の扱いではなく5類相当(インフルエンザなみ)にしないのかと医師たちが行政などに対して発言すべきです、5類になれば一気に診療できる環境が広がり病床も医師数も不足するといった事態は防げると思うし仰々しい防護服を着用する必要もなくなると思いますし、そもそも医療関係者は優先的に「ワクチン接種」が行われてきたのでありますから
医療ひっ迫などと報道されると、なぜ?と思うわけです。

いずれにしましても今のままの感染者数優先での施策を続けている以上ずっとこの状態、しょっちゅう「緊急事態宣言」を出し続けることになりましょう、ゼロコロナという事はあり得ないしそろそろ集団免疫ができる頃ですから早く日常生活を普通に戻していかないと単なる不便な暮らしというだけではなく日本経済発展の足を引っ張ることになります。

必要以上に「コロナ不安」をあおるマスコミの諸君にもう辟易しているのです。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:53| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月01日

日々夢を語ろう

 人が輪廻するという事は別に宗教的な事ではなく、万象万物にあてはまる現象であることを知らなければならないのです。
過去の時代においてなしたこと、なされたことの記憶はいったん心の奥にしまわれ毎回初めての人生の旅のように思うのではあるが現在この世にいるという事は過去世があるという事の証であるという事なのです。
 
 生まれるにあたっては私たちの意識はいったん心の奥に閉じ込められ、年齢を重ねるうちに徐々に表面に現われてくるようになっていきますが、全体の10%しか顕在化しないのです。
 例えば身近な物質である水H2Oは、温度という縁により液体、個体、気体の3っつの様相で成り立っています。その水も氷としてある時の水上に現われる分量は10%であり、その他の鉄もまた同様であります。

 さて、地上生活を営みながら次第にその人、各人の個性が表面化していくのですがその場合に大きく影響していくのが過去世において学んできたこと体験したことなど、また今回生まれてきた環境や教育、思想、習慣といった後天的な事象に引きずられていくことになるのですが、特に生前強く思ったことなどに知らず知らずのうちに近寄っていくようです。
 ですから、己の過去世を知りたければ今の自分を知ること 過去の出来事から学んだことにどうしても興味が出てくるのです。ということは常に夢を持ち、目標意識をもって生きていくことがどれだけ自らの向上心を鼓舞するのか想像できるでしょう。

 実はそこに人生における課題があるのです。

 これらの内容に関しては 高橋信次著「心の発見」 園頭広周 著 「心行の解説 上・下」より小生が感じたことであります。

posted by 筆文字や隆庵 at 11:48| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする