2022年03月19日

世のため人のためという虚偽

軽々しく「世のため人のため」などと宣言する人をあまり信用しないようにしています。

多くの政治家や、官僚らのセリフがいかに空虚なものかを身に染みて感じさせてくれる出来事があまりに多すぎるからであり
本来 大多数の国民にとっての存在であるべき彼らのつとめは、あたかも上級国民の如き存在感のみ示し おそらくは彼らのためにその立場を利用しているとしか思えないのであります。

また、世にある「先生」と称される存在の上位にランクされている「医者」などの少なからずの人々による
利権の独占等

 今般の「コロナ騒動」における振る舞いの数々を知るにつけてその低俗ぶりにあきれるものであります。
様々な情報は下記のような話としてネット上に挙げられていましたね

 1. ワクチン接種の独占・・・それでは間に合わなくなるという事で時の菅総理が権限によって自衛隊医療班に要請したこと。その後医師会も
 方針を変えたという話
 2. 国が病床確保のための補助金を出すという話・・・幽霊病床ともいわれた、人手不足によってできないといった理由などにより患者受け入れ拒否の話
 3. 医師会がリーダー的役割をしている政府の専門家会議によるアドバイス内容の不都合、まん延防止や飲食店営業自粛などの政策に関してのエビデンスの不確かさ・・・単なる精神論に終始した・・・またこのことを大々的に放送し続けたマスコミのフェイクニュース

 4. 昨年感染者が低下した時期にしておかなければならなかった2類対応から5類にしておくべきの機会を逸してしまい、そのために第6波の到来に適切な対応ができず社会を混乱させてしまったのは厚労省の不手際であったと思う次第です・・・過日この2類から5類への転換への答申に対して岸田首相は「今、⑸類にしたら新たに発症者増がおきた場合に対して、手続きがややこしいから・・云々」とおっしゃっていましたが、それこそが政治の仕事じゃないのかと思った次第であります。

 ひょっとしたら何か陰謀があるのではないかと疑うようなことばかりでした。

人間教育をなおざりにした誤った学歴優先の偏差値社会が生んだ、どこかゆがんだエリート意識
 人間社会の何たるかに関して全く無関心な政治家は自分の選挙の事しか頭にないとしか思えない体たらくぶり、
 「末は博士か大臣か」と勉学に励んだ明治の偉人たちとはそもそも種が違うのであろうか・・・

 国家の未来のために口角泡を飛ばした維新の志士たちの意気込みは今どこに行ったのであろうか 

 今こそ「国家観」が問われている時代なのだという自覚が欲しいものである。

posted by 筆文字や隆庵 at 12:41| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする