2022年04月05日

魂の根源

 地上世界で暮らしているということは、私たちの本来の故郷であるあの世というべき精妙なる波長の世界から、荒ぶる波長鈍重な振動で成り立っている場に、転生しているということであって、いずれはあの世に戻らなければならないという運命を 誰もが持っているのであります。

 いわばその鈍重な世界で盲目の人生を歩むことによって魂の修行をしているというのが私たちの使命であり、いずれあの世という魂の故郷に帰った時には、以前よりも成長した姿(調和された形)をこの地上の世界に送り出してくれた守護霊や指導霊、また友人たちに見せなければならないのです。
 その姿をみて彼らはお祝いをしてくれるはずです・・・これらのことは「シルバーバーチの霊訓」のそこかしこに書かれてあります・・

 先述したようにわずか10%の意識で生活している私たちの盲目の人生行路の道案内をしてくれる霊が常にあの世という世界に存在し、ことあるごとに私たちの心にヒントを与えてくれているのですが、欲におぼれ、ものにおぼれ自分勝手に生きている私たちにはなかなか伝わらないのです。
 それでも、こういうことがあります、あることについて追求し求めていると私たちはしばしばひらめきゃ直観というものが働いたりします。又全く関係のない事柄があっという間に結びつき成功につながる経験を誰しもが持っていることです。
これらの作用はもちろん本人の努力の結果でありますが、しかしその努力のに対する守護指導霊の示唆もあるからなのです。

 その示唆はある種の電気作用ともいうべき刺激によってなされているのではないでしょうか。

 自ら努力しないでタナボタ式に何かを求めようとしてもこうした作用は働かないものです。
 調和を目的として知性が働くとき守護 指導霊の導きがあります。これは何も知性だけではなく感情 本能 理性についてもむろんのことです。

 前世で学んだものは今世でも何らかの形で同じものを学ぶ機会があるものだと高橋信次師は述べられています。音楽家である小澤征爾氏はワグナーの魂であると「心の発見」という著書に記されています。
 
 私たちも過去学んでいたことや従事していた仕事などに関連していることを今世でも縁を持っているかもしれません。
そう思うと何事も努力を惜しまないことが大切でしょう。しかもその努力は永遠に自分のものになっていくわけですから・・・


posted by 筆文字や隆庵 at 11:18| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする