2020年03月10日

文句ばかりの野党とマスコミ

コロナウィルス肺炎に関する考察」
政権批判の材料に使われているこの国の政治家やマスコミの暴論に対しての意見
ある現象に際して、その現象が私たちの日常生活に大きな影響を与えるような場合
日々の行動体系の見直し及び修正をかけなければならないかなどその範疇を考慮する必要があります。

そもそもその現象が個人レベル程度に及ぼす場合や所属する組織やコミュニティに及ぼす場合など
様々でありその都度行動などに制約をかけるのが誰か、もしくは何か、という観点からは指図するための制度や習慣などから決定されそのことに従うというのが本来の形であろうとは思うのですが、組織やコミュニティに於いてその制度設計が不備の場合統制のためには時間的制約もふくめると、行動指針の決定は個人のリーダーシップによることになります。

 さて、その際に問題となるのはその現象を引き起こしている原因が何なのかを追求することで問題を発見しその原因を取る除き修正することですがその原因の発見が不十分である場合もありうることです。
しかし緊急を要している場合はその原因追及の結果が判明する前に行動を起こさなければ間に合わないとことも視野に入れておく必要も当然あるわけです。では、原因発見の不十分さは何が原因なのか
 これは、企業経営などにも同様なことがいくつも訪れてきます。様々な問題を解決していくことが経営の本質であるわけで家庭生活だろうが個人の人生生活だろうが同じことであり現象の影響を及ぼすレベルによって決断する担当者が変わるというだけの話しなのです。担当者によっては収集できる情報の質量が異なり問題解決のための情報をどう生かすかも担当者レベルにゆだねられるわけです。
コロナウィルスの発症地の武漢地区の情報が最も大事なものであるにもかかわらずその情報発信が遅れたというのが最初の問題であり同じようにWHOの発信の不適合性がその次でありこの点が世界的規模にて立ち遅れの原因となったわけですがなぜか国会でもマスコミでもこの点に関しての徹底追及はされぬまま不適格な情報のみが飛び交っています。さらに、初めてのウィルスという事で研究が立ち往生しているみたいですがこれも最も大量の検体データを有しているはずの中国からの情報提供が不備という事を鑑みれば現状になっていることはある意味当然な事といえます。
posted by 筆文字や隆庵 at 20:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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