2021年01月23日

事象に対する判断とは

昨今のコロナウィルスに関しての人々の判断は、まるで感染したら死ぬぞーと思わんばかりの報道によって必要以上に恐怖を思い行動自粛に走り、結果として著しい経済疲弊を起こしているような気がしてならないのです。
 本来人が事に直面した時にどのような基準にて判断するのかを考えると、まず事実に関しての確認をしそれが論理的科学的に見た場合にどう変化するのかを予想したうえで行動するもしくは行動しないとかいった判断を下すのが普通であるのですが、現在事の事実を知るべき環境はテレビをはじめとするマスコミ各社からの伝達しか私たちは情報を受ける手立てはありません。
 わずか数十センチ四方の画像や言葉伝達ですべてを理解することは無理なのではないか、そう思ったのはネットからの情報が一切テレビやそのテレビに出演している専門家から聞くことがないからです。
 例えば、主な報道は本日の感染者数、重症者数、死者数という具合ですが先ず疑問に思うことは、調査数と陽性者数の割合は過去と比べてどうなっているのか、そもそも感染者と陽性者の分類はどうなのか、検査のスペックはどのようなウィルスに反応するのかそのウィルスの量はどんな基準なのか、重症者の定義は何なのか、死者のプロフィル概要はどうなのか、実行再生産数の発表は一律になされているのか、又その意味に関して説明しているのか、ただやみくもに畏れさせるばかりでいいのか、緊急事態宣言のエビデンスは何なのか説明しているのか、PCR検査が必要とは言ってもあれは、陽性か陰性かを知るだけで治療法ではないということをなぜ言わないのか、政府の体たらくはもちろんですがマスコミの体質どうかならないものか・・・何か見えない圧力でもあるんだろうかと疑ってしまいます。
 正しい情報がないところに勝手に緊急事態宣言って変ですね


posted by 筆文字や隆庵 at 12:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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