2021年03月20日

考えるという事

 考える人が考えない人を支配する・・・目標を明確設定している人が無目的の人の目標を作ってくれるがその人のためになるという事は少ない。
ということですから、考える人になりたいものです。
新聞やテレビにコロナウィルスが猛威を振るっていて死者も出ているのだ、今のところ薬は出来ていないなどといわれたりしていると、特に専門家といわれている方たちの言葉だと無条件に信じてしまい大騒ぎを起こしている。かつ自分がかかってもいないのに他人に知ったかぶりでその専門家の意見を吹聴してしまっている。
 これなどは「知的弱者」といわれる最たるものです。ものごとをあまり深く考えようとしない人に多く見られる現象です。
国が「集団的自衛権」の法案に関して議論を進めている際に一部の人々はやれ戦争法案だ、徴兵制だということで考えない人たちの集団を作ってしまいます。
 心配から不安そして恐怖へと自分の心を煽り、知的弱者の集団になびいていく人たちのなんと多いことか。だからよく考え、考え抜くだけの知性を持たなければならないのです。
大きな問題は「なぜ、どうして」と・・・よくよく考える事です。

 さて、病人をみればかわいそうだと思います。特に家族や友人が病気で困っていたら変わってやりたいと思うほどです。なぜ、どうしてこうなったのかと同情をしてしまうようです。
 しかし、よく考えると人それぞれには学習すべき道があるのだと、学ぶことが出来ました。その人にとって、自分にとってもこのことに遭遇することが学習プログラム、すなわち天からの贈り物であることにきづかせて頂きました。

 解答としては愛と慈悲を前提として祈ることそして、エールを送ることだと思いました。
「神よ、このことを通してこの人を(自分を)救わんとしていて下さる神の慈悲に感謝いたします。」
 病人に対して同情の心ではなく学習課題だと認識し原因を修正していく、もしくは原因の修正に力を貸してあげる事か゛大切であります。

posted by 筆文字や隆庵 at 11:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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