2021年03月25日

死生観に関して

 人は、というかすべての物質はいずれ死、停止を迎えることが宿命であるのですが実はその物質を形つくっているエネルギーともいうべき存在は形態を変化させるだけで永遠に存在し続けているのです。
 高度な知性を有しているはずの人間だけがその知によって限定的に死というものを捉えているようです。つまり「死ねばすべてがなくなる、死とは無の世界である」という考えです。もちろん肉体そのものは地に帰るという事で、リン酸やカリなどに変化していくのです。
そうした中 本来の自分は意識として死ぬことはないという事が20世紀の初頭頃からヨーロッパにおいて「スピリチュアリズム運動」として始まりました。数々の文献により霊界の存在を知らしめるような現象記録が残されており、我が国においても訳文が何種も出版されています。著名な書としては「シルバーパーチり霊訓」 M.バーパネル著 近藤千雄 訳 シリーズがありますが、元となっているイギリスに於いての「降霊会」に関係している著名人の著作も世に出ています。またほぼ同時代に「アランカーデック 霊の書」「インペレ―タ―の霊訓」「モーゼスの霊訓」等が現在も日本語訳にて出版されています。

 それら一連の書がその内容に矛盾をはらむことなく記述されていることで真実であろうと考えられます。一様に言われていることは人間は死んだあと(肉体の死)は霊界というあの世の世界で生活をしている事、そこでは生きている時と同じような肉体を持ち地球上にいる時よりも意識が上位になり言葉で表現しなくても意思の疎通が出来る世界であるし苦痛のない軽やかな世界であると記録されています。

 ただ訳文ですので西洋的な言い回しになっているため「キリスト教」聖書に近い文言と「降霊会」当時の聴視者の宗教的背景を考慮した言い方になっているきらいはあります。日本における仏教開設が漢文に影響されているが如しであります。
いずれにしても「死」は「無」になることではなく、他の物質と同じように姿かたちを変えながらも永遠に存在しているという事でなおかつ魂には体験してきたすべての思考や行為が記憶されており、その人の人格は永遠にその人であるという事なのです。
 そうだとしたら一体「死」とは何でしょうか「生」とは何でしょうか・・・そもそもこの世界、宇宙とは何でしょうか、神とはなんでしょうか
 シルバーパーチの霊訓の冒頭には次のような宣言文が書かれています。
「私たちは一片の信条、一冊の経典、一宗一派にこだわるものではない。ただ生命である神、その永遠の法、これに命を捧げるものである。」
これら一連の書物は私たちに生きるとは何か、その目的と使命は何かに関して深く考えなければならない様々なエピソードが記されています。ご一読あらんことを・・・
 「シルバーパーチの霊訓」「シルバーパーチ霊言集」いずれも良書であります。
posted by 筆文字や隆庵 at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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