2021年06月03日

卑しい人々

 私たち自らの存在理由を考えたとき、じっくりと心の奥で考えたとき 果たしてこれでいいのかと考えたたことがあるのだろうか。今まで思ってきたことや行ってきたことが自分の心の中で、真の自分が納得しているのだろうか。毎日のようにテレビのワイドショーは誠に薄っぺらい感情によった見方であることないこと、ないことあることを各マスコミが右へ倣えといった風に報道を続けている。「武漢肺炎」という言葉はすでに死語となっているのだが、なにより国の特定をすることは差別だそうだが、いや待てよイギリス種だインド種のコロナだと堂々と述べているではないか、なにこのダブルスタンダードは、まったくもって卑しいマスコミの典型的報道姿勢である。
 一時期はコロナ感染数で過去最多だの、日々視聴者を恐れさせている報道ばかり。はっきりいって感染数とは何かの定義もあやふやで単なる陽性者の数だという事らしいし、発症者ではないという事を知らなければならないしそもそもPCR検査の信ぴょう性も70%程度だともいわれている。はたまた病床数不足だと報道しているが医師会が非協力的だともきいている。
 世界に比して日本の感染者数が「さざ波」程度と述べた識者はマスコミの集中砲火を浴びる・・・グラフをみると確かに我が国の姿はどう見てもさざ波程度であるがテレビではその部分の上にテロップがかかり見えにくくしている状態にしている。
「緊急事態宣言」の意味も一体どういう原理で進められているのかもわからない、飲食店がまるでいけにえのような仕打ちになっている。このことに関しては飲食企業から訴訟が起きているようだ。

 特定野党は政府批判とばかり対応について、あたかも政治家の仕事をしているといわんばかりに首相に詰め寄ってるのだがその論点の所在は実に軽薄であり、論理展開はあまりにお粗末。我が国では「緊急事態」といっても法的裏付けなどなく拘束力を高めるのであれば゛憲法を改正しなければならないのだがこの部分には全く触れない。
 まったくもって意味不明な政治屋の跋扈、反日的言動をあおるマスコミ、盲目的に従ってしまう国民各位。一体どうなっていくのだろうかと危惧してはいるもののユーチューブなどで発信していられる識者の存在があることを知りすこしだけホッとしてるわけである。

 今日テーマに上げた「卑しい人々」に惑わされることなく真剣に前を向いて歩きたいものです。

 ※ 卑しい人とは、自らのおかれた立場の本質を理解できず理解しようともせずただそこで得られる物質的利益にしがみつき、きゅうきゅうとしてその場にしがみついてる人のことであり、自分さえ良ければ他はどうなってもいいと薄っぺらく思っている人のことをいう。
 薄っぺらとはさしたる知識も教養もないものがその場その場の思い付きの言動で得意げになっている様をいう。
   したがって、判断材料となっているのは自らの乏しい知識や体系付けされていない自らの体験からならまだ許せるもののそもそも単なる妄言だから始末に悪い。そこには反省がないため成長もない成長がないために最終的に自らが自らを知ることもないのである。

posted by 筆文字や隆庵 at 09:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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