2021年07月22日

正しい生き方について

 この世に生きている以上すべての物質、動物 植物 鉱物のすべてには各々の役割というものがありそれぞれが単独で存在しえない環境にあるのです。太古の時代から今日までそれは永遠という名のサイクルによって相互関係の中に安定しているといえます。
 人をはじめとする動物は酸素を取り入れ二酸化酸素を排出する、植物は二酸化炭素を取り入れ酸素を吐き出す。この循環があるからお互いに共存できるし、太陽の熱光や放射エネルギーによってつれまわっている惑星の存在に関与しています。水という鉱物はある時は水蒸気となって温度調整に力を発揮し、ときとして飲み水にまたあめや雪となって大地の養分となり微生物を育みます。また太古に存在した恐竜や様々な廃棄物は現代の人間のエネルギー原として土中にまた海底に存在しているのです。

こうしてみたとき私たち人間の存在はいかなるものでしょうか

そこに仕事という事を考えざるを得ません。ここで述する仕事の定義は単なる経済的報酬を得るための行為にとどまらず人としての役割がそれぞれどこにあるのかを考えるという事です。昨今様々な報道の中には男女の差を失くそうといった「ジェンダー運動」なるものがクローズアップされていて女性の地位向上などの話が多々あり、政治活動にまで持ち込んできています。そもそも男女が人として平等なのは当たり前として昔は男尊女卑などといった話がまことしやかに伝えられておりあたかも女子が虐げられていたかの如く言われますが果たしてそうだったんでしょうか?

 表面的で声の大きいマジョリティの意見がさも全体の意見のように思わせるような報道の仕方にも問題があるのですが、そもそも肉体的に男女はその機能そのものが異なっているわけで当然「役割」も違ってくるのは当然な事です。確かに優秀な女性も数多くあり実社会において強いリーダーシップを発揮している場合も少なくありませんが、その方たちは女性だからという事ではなく役割をこなせる実力があった人間であるという事にすぎないと思うわけで万人がそうではないでしょう、このことは男女という性に関わりなくです。
 仕事というものの本質はなによりも環境の調和が目的であってそのことが生活の調和をもたらし平和な暮らしを実現していくのです。
また、仕事に関してのもう一つの側面を忘れてはなりません。それは仕事を通して己の「人格向上」を果たすという事です。人生の目的と使命はこの「人格陶冶」と「世界平和」の実現という事に収斂されていくという事を忘れてはならないのです。職業に貴賤なしとはこれらの目的に沿ったものという前提からいえる言葉なのです。

 卑しい仕事とは、嘘で塗られたもの、自分さえ良ければいいという欲望にほんろうされたもの、社会そのものに悪影響をあたえるものなどよーく考えてみたいと思います。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:01| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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