2021年09月19日

心の法則・・・認識したものが存在している

 「人生が苦である」ことが真実だとしたら、釈尊やキリストが出現せられる必要はなかったのであって、苦しみがなくなることは神に叛き、神理に叛く、という事になる。本来、人生は楽(楽しい・明るいなど)であるべきだからこそ、苦の原因と苦をなくする道を説かなければならなかったのである。人間は本来、健康であるのが本当であるからこそ、病気になったら病気を治す方法が必要になってくるのであって、病気をするのが本当なら病気を治す必要はないわけである。
 人間が「罪の子」であるなら罪を犯すのが本当であって罪を犯さない人間は神の反逆者という事になるのである。

「人生は重き荷物を担いで坂道を歩くものである」と信じている限りは幸福、楽で明るい道を求めても苦が現れてくるのである。
それが心の法則である。

 精神科学では「認めたものが存在に入る」といっている。例えば最初に「私はダメだ」と強く思っている人はその「だめだ」という心が心の奥底にある限り、表面の心でよくあれと思っていても失敗するようになるというのである。

 だから成功しようと思うならばまず自分の心の奥にある「私はダメだ」と思う心をなくして、その代わりに「自分は何でも成功するのである」という心を持ちなさいというのである。
 その為には言葉の力を活用し、ともすれば自分はダメだと思いそうになるその心の思いをささっと振り払い否定し、即座に「私はすべてに成功する」と繰り返し繰り返し、自分の耳に聞こえるぐらいの小さな声で、自分に言い聞かせるような気持ちで言うのである。そうしてその言葉は自分を良きに導き、そう思えるようになった時に成功への道が拓かれるというのである。
posted by 筆文字や隆庵 at 14:20| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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