ある会社の基本的な考え方を理念というが、その理念を実現化していくための矛盾なき行動。そのことを永年徹底していくことによって「社風」という名の習慣化された柄が彩られる。国家も同様である。国家のリーダーたちや会社のリーダーたち、地方の特色も家庭の在り方もすべては何らかの習慣化された「柄」によって様々な結果を受け取ります。
この「柄」という概念はこういった言葉に変えられます
お国柄・・・国家の基本的なあり方は特に一人一人の生き方を考え方を越えたところから生じる。大なる思想は小なる考えを凌駕し多くの人々はそのリーダーや同調組織体やコミュニティによってある種の制約を受けるもので、そこには個人の運命をも左右する力学が働くのである
現在においては他の迷惑を省みない国家群によって調和が揺るがされている。そういったお国柄による政治活動はいつの世も自滅の道を歩んできたという事を知らなければならないのです。道づれにされる国民こそが哀れだと思う。
治国平天下という言葉の意味をかみしめなければならないのであるがこの言葉を創造したかつての国がその理念を守れていないという不思議さに驚くものである。各国それぞれが国を統治することで世界の平和を維持することが出来るのだという教えを無視しているのか今の中国であろう。制覇主義の国家として今あるのである。
元はといえば自国だけ良ければよいというわがままな考え方の充満が引き起こしている。一方において半島は「恨み、つらみの思考回路」をもつルサンチマンの典型国家がそんざいしているのも 自分勝手なわがままを世界にさらしているのがこの哀れなる考えををもっている国家がある。。
お家柄・・・本来ならば国家に先立ちて家柄を整えなければならないのだが、自らの所属する国家という名の組織に準じてしまうのが人間の悲しき性であり、あるオピニオンリーダーにひきづりこまれているのが現状であろう。
また、マスコミによって創られた嘘の情報によってここでも各自の考え方が制約されているのだ。
人柄 ・・・国柄、家柄等という理念的なものは一朝一夕に出来上がったものはなく歴史といった時間の要素を含めたものから成り立っているといっても過言ではない。
そしてこれらの概念が姿を顕しているのが現在の吾々を取り囲んでいる現実なのである。
我我個人に働いている「原因結果の法則」「循環の法則」は所属している組織、家庭や会社や地方のコミュニティ。国家に至るまでその法則化にあるという事を理解しなければならないのである。
人々がお互いに助け合い、補い合いという考えと行為はよい運命を作り、闘争と破壊をその意思の中に持ちそのように行為した時には悪い運命となるのだ。
本来正しいものというのは「愉快」「心地よい」わけだからそうではない環境に甘んじている場合は、どこに原因があるかを観察し修正するという「反省」という作業をしなければならない。おそらくは生まれ育った環境や教育、思想や習慣化されたもの及び五感を翻弄してきたものに原因を認めることが出来るであろう。
周りにある出来事のすべては自らの反省材料として存在し、他のものと思っているものもすべては自分に帰着していることを知ることが出来るであろう。
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