2023年06月07日

自然の法に逆らう

 男で生まれたら男を追求していき女で生まれたら女を追求していけばいいのであって、それが自然である事を何故理解できない人がいるのか。
肉体的に性が決められているという事を否定できるはずがないではないか
 昨今の風潮が全く理屈に合っていないことを感じるこの頃ではある。

男女は人間として平等であるという事はまことである。しかし肉体的役割や特徴には明確な区別があるという事も一方ではまことである。
どんな人も女性の子宮に宿りそうして生まれてきたことを否定する人はいないだろう、それがまことであるからである。どう希望してもその男女の肉体的役割は変わらんということである。

 だからといって一方だけの性では世の中が成り立つわけではなく双方の調和、歩み寄り、相互の役割の理解が当然のことながら必要でありそのことによって社会の秩序が保たれているのである。
これは、差別などというものではなく自然の秩序であるという事なのだ。

 太古のころよりこの男女という性によって多くの問題が生じたという事はあらゆる史書によってあらわされている。
決して、平和な世界を築き上げたといった話しではない、性は政治をも動かしそして必然的な結果として歴史上に記録されている事を知らなければならない。

 自然に反した分だけその反作用はあとずれるのである。

 西洋社会に於いての同性愛差別はすさまじいものであり、これは宗教的背景もあるが我が国ではそんな差別などなくおおらかであったにもかかわらず今の風潮はいったい何なのか、理解に苦しむものである。

 人種差別、同性愛差別は西洋社会に於いての魔の歴史であろう
「イージーライダー」という映画を知ってるか?  
posted by 筆文字や隆庵 at 22:50| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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