2018年06月24日

教育の結果

 人間は本来、各個人それぞれに於いて素晴らしい才能、能力をもっています

それを引き出し育てていくことが教育ということになります

 教育の効果として望まれていることは何なんでしょうか、それは人生の目的のひとつである

心の安らぎを得るそして助け合い励まし合う理想の世界を築くことではないでしょうか

 正邪 善悪を見分ける力 相手を思いやる心 勇気をもって善行する力

このことが教育課題であろうと思うのですが、決して学歴が大事であるということではありません

 現代の教育環境を鑑みると子供のころからいい学校に行くことのみが目的化し偏差値優先の様相であり

偏差値によって人間の価値を決めているようです。偏差値教育の弊害の最大なものは試験には必ず

答えが用意されており繰り返し記憶していけば点数は取れるということであり人を思いやる心や

 人間性などとは関係なくいい大学に入れるということであります 心不在の教育を受け日本の最高学府を

卒業した高学歴高偏差値の御仁が政財官に法曹界にその身をおかれての活躍ぶりを見るにつけつくづく

彼らの非常識ぶりに驚きを隠せません。

小さいころから「勉強しなさい、○○ちゃん」「成績どうだった○○ちゃん」などという親の言葉に

染まっていった結果出来上がったのが、今のあなたたちを作ったのでしょうね。

この方たちの施政に国家経営をゆだねているのが現状なのでしょう。

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2018年06月21日

日常生活の中での悟り

 多くの人たちは、日々幸せな日々を送るには物質的な欲望を満たすことに注視しているようです

 その為に「金銭を稼ぐための仕事」をしていることを否定することはできませんがそれによって

 仕事そのものを経済的な立場からしかみない人たちが増えてきたような気がします という傾向が

 表しているのが昨今の「働き方改革」などという国会での論争や「同一労働同一賃金」などの話

 そもそも昔から日本は資源がないといわれ、外国から仕入れたものに付加価値を付ける、つまり

 働くことで収入を得ていたわけで今もその根本は変わらないと思うわけです

 働くとは「はたをらくにする」といった心構えで日本式のQC活動を支え世界に名だたる技術国家

 という立ち位置を築き上げたのも事実であり国の誇りでもあるわけです。

 いつの間にか西洋式の労働観が輸入され週休二日から週の労働時間の制限等が我が国を支える

 中小企業経営にひずみを作ったのかもしれません。

 西洋と日本の労働観の違いは一体どこにあるのでしょうか

 これを考えてみた時、両者の「宗教観」の違いによるものだろうと推測されます。

 聖書によるとアダムとイブの物語で禁断の林檎を食したことから 仕事は怒りの神から罰として

 与えられたものと位置づけられたという寓話が示すように彼等にとっては仕事から早く解放されたい

 といった意識があるのではないかと思うのです

 一方日本においては「神道」があり八百万の神々がなそうとしている仕事の手伝いをすることである

 ので仕事は喜びだと感じていたはずです。

 そうした日本の伝統を無視して金銭だけにこだわらず「人々のお役に立とう」といった高邁な精神を

 忘れた仕事は我が国の将来を危うくさせるのではないかと危惧しています。

 今一度もう一度考えてみたい題材です

 

 





 
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2018年06月19日

人生経営の在り方(正直)


自然は、正直であります

冬には雪を降らせ春には花を咲かせる

そうした現実は、否が応でも私たちの生活に影響を与えていきます

人心が入り込む余地などありません、この循環は仏教的な表現としては

「諸法無我」といいます

諸々の自然の法則は我が入り込む余地はないという意味です

よって、この変化に戸惑うことなきよう自然体で生きよう

 春夏秋冬の四季、昼夜の別、因果応報、生者必滅すべて

かくのごとき、自然の姿は私たちの生き方を教えてくれています

正直に生きることが大切であります

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posted by 筆文字や隆庵 at 09:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

よき運命を望むならば

さて、前回と同じようにイエス・キリストの言葉より

 「イエスまたいい給う、神の国はある人、種を地に播くがごとし、日夜起臥するほどに種子、生え出でて育てども、人はそのゆえを知らず、地はおのずから実を結ぶものなり」  ※マルコによる福音書 第4章  26節〜28節

  現在意識は種子であり潜在意識は大地です

私たちが思うことは意識的にせよ無意識的にせよすべて潜在意識という大地に

種子を播きます 潜在意識はどんな種子でもそれらを育み、結果としてそれを

生活体験として顕現させるわけです

意識的によい種子(成功へ導く種)を播くようにしなければなりません

何故なら、世相に流されている情報はことごとく暗く、悲惨であり明るくて私達

に勇気を与えるような情報は意図的に閉鎖されているごとき有様です

これが無意識のうちに潜在意識に入り込み、育て上げて行くから注意しておか

なければなりません

暗い気持ちになるような想念を潜在意識に入れるとその通りの暗い現実が実現

明るい気持ちになるような想念を潜在意識に入れると明るい現実が実現するのです

日本では「笑う門には福が来る」というではないですか

一方では「泣きっ面に蜂」  とも言います


posted by 筆文字や隆庵 at 12:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月15日

人生を経営する

承前

神は、私たちが明るい心をもって、足ることを知った生活をすれば

 みな、心豊かに生活できるように準備して一切を与えていられるのである。

イエス・キリストかく語りき

「野のユリは如何にして育つかを思え、労せず紡がざるなり。栄華を極めたるソロモンだにその服装い、

 この花の一つにも及かざりき。 今日ありて明日炉に投げ入れらるる野の花にも、神は斯く装い給えば、

 まして汝らをや。汝らまず神の国とその義とを求めよ、さらばすべてのものは汝らに加えらるるべし」

キリストはこのように無限供給の摂理を示していられるのである。

 だから、心身共に幸福であろうと願えば 個人がその人生をよく経営していこうとすれば

社会に人に我が身を奉仕しようとする時、その人が貧しくなることはないのである。

人生を経営するとき、奉仕こそが調和の元であることを知らなければなりません、大宇宙が調和されているように

同じく家庭の調和、仕事の調和、身体の調和、人との調和 を目指そうとするとき、必ず道は拓けるものなのです。

 次回へ続く・・・

posted by 筆文字や隆庵 at 12:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

人生を経営する

人生を経営するという観点から良いことと悪いこととを分けて考えて みたいと思います

前提としてはこころで思い行為したことの結果が現象化して今目前に現われている
という摂理を理解したうえで

さて、良い心とは何なのでしょうか

良い心とは健康・幸福になる明るい心をいう

1.感謝の心 2.調和の心 3.愛 4.慈悲 5.敬虔 6.謙虚 7.勇気 8.努力 9.自信 10.報恩 11.人のためになる

12.反省する 13.赦す心 14.相手を理解する 15.広い心 16.すなお 17.誰とでも話ができる 18.いつでもよく眠れる

19.明るいところが好き 20.足ることを知る 21.清潔 22.安楽な心 23.協調性 24.心を大事にする 25.整理整頓

26.叮嚀 27.けじめをつける 28.神仏を信ずる

病気 不幸になる心 暗いこころとは

1.罪悪感、自信喪失 2.劣等感 3.自己顕示欲 4.憎しみ、 怒り 5.悲しみ、泣き言 6.妬み そしり 7.軽蔑

8.虚栄 慢心 9.勇気がない 10.自己中心、わがまま 11.不遜 増上慢 12.思いやりがない 13.不信 14.狭い心 小さい心

15.傲慢 16.片意地で人と話が出来ない 17.眠れない 18.暗いところが好き 19.欲が深い 20.不潔 21.恐怖心 22.孤独が好き

23.物だけがすべてと思う 24.乱雑 25.粗雑 26.怒り 27.しまりがないだらしない 28.神仏を信じない


大宇宙大自然の意思 摂理は人が明るい心をもって足ることを知った生き方をすれば、みな心豊かな生活が出来るように準備して

一切を与えていられるのであります。

善因善果 悪因悪果が神理

しかし人がむさぼる心、奪う心、貧しい心を持っているとそういう心の結果として「奪うものは奪われる」となって物質的な利益も

失うのです。

続く・・・2018-02-27 10.25.02.jpg
posted by 筆文字や隆庵 at 15:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

四季自然

 はっきりした色合いの違いを見せつけてくれる日本の四季自然の姿

月の満ち欠けや鳥のさえずり 花々の変化木々の色合い

 少しだけ湿った空気等 これらの事象を実感するとき日本人に生まれてよかったと思うのである
 
単純な四季の名称として春夏秋冬という分け方があり、さらに二十四節気という分け方があり(これは太陽の動きを目安に)

 さらに細かく二十四節気を三つに分けたのが七十二候で一つの候が五日になっており私たちの生活習慣にあっているようです

季節を時を身近に感じていた日本人がはぐくみ育て上げてきた「日本文化」を大切にしていきたいものです

農耕民族であった私たちの先祖から連なってきた思考回路は、天地に感謝を基盤として成り立っているのでしょう

特に生命を生み出す大地、八百万の神々への崇高な思いなどが私たちの心の中に存在しています

 実はこの思考回路こそが日本の発展に寄与しているのに最近はそのことを忘れ感謝の心を持たず心より

物質を優先させ、日々の暮らしに追われだんだん人間性を失っていく世相

 七十二候の「日本の暮らし」に思いをはせてみませんかこころ優先の社会になれるといいですね。

   (注)昨今の殺伐とした世相を悲しむ
posted by 筆文字や隆庵 at 11:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月31日

批判と悪口

 批判と悪口について考えてみましょう

 広辞苑によると
  
批判

1. 批判、判定すること
2. 人物、行為、判断、学説、作品などの価値、能力、正当性、妥当性などを評価検討すること
3. 事物を分析しその各々の意味、価値を認め全体の意味の体系を明らかにすること

悪口

1.悪口は故意に悪意をもって相手を攻撃をしようという意思を持ち行う行為
2.時によると事実にないことをでっちあげて相手を陥れようとする言葉や行為

※ 批判は現実の事実に基づいてやるのだから単なるうわさやでっち上げの材料は取り上げない
  論理的、客観的に判断する
  くれぐれも注意しなければならないでしょう
  昨今の野党政治家の悪意さえ感じる言動は私たちの心を傷つけているのです。



posted by 筆文字や隆庵 at 12:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

やっぱりアナログ人生


 世の中がどんどん変わっていっても、どれだけシステム化されても
やはり、人との交流を無視しては生きていけない。
 どんなに世界が進歩しても人は食事をしなければ生きていけないのが明確であり
ということは食の供給者はいつの時代でも必要不可欠であると思うのである
 AIが食供給管理が出来る時代はいずれは来るだろうが、おそらく味気ないものになるであろう

 クリエイティブな世界が日常から消えるという事態だけは起きないと思いたい

生身の人間にとってすべて計算ずくの世界が不毛で悲しいことであるかを20年前の映画

「マトリクス」が表現している・・・
posted by 筆文字や隆庵 at 17:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

久々に政治の件

 世の中が論理や理屈どうりに進んでいくものではないということはわかっているのだが、昨今のマスコミや野党政治家の状態はまさに常軌を逸しており 狂気の沙汰としか思えないのである。1年以上も前から「モリカケ」という疑惑をでっちあげ現政権の特に安倍首相たたきに終始している。
 尚、この倒閣騒動には何の証拠もなく印象だけで進んでいく様を見るにつけいかにマスコミや政治家の頭がおかしいかを知ることになっている。この事態そのものが野党の底支持率に跳ね返り彼らにに対する不満を顕在化させ、国民不在の政治になっている事すら理解できていないようである。
 実は、こんなことが非論理的であることをわかってやっているのであれば確信的政府転覆を狙う情報テロリストの仕業であろう。現在我が国を取り巻く環境は戦後最大の激変が予想されているにも拘らず全くの「無視状態」一体どの国のマスコミと政治家なのか疑ってしまうのである
 多数の良識ある日本国民の冷静な反応を望む限りである。

 党利党略でもなく私利私欲に走り 選挙運動を就活と勘違いして当選するためなら主義主張の異なる同志でも離合集散を繰り返す、
情けなき事態になっている。

 オールドマスコミ野党5党は「国民の敵」であることが判明した。
posted by 筆文字や隆庵 at 16:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

物質社会での生き方


多くの物をもてる者と持たざる者
いずれが幸福か尋ねれば わが師曰く 「持てる者がさらに良く深くもたむと欲するとき即ち不幸への道なり
また、持たざる者が持てる者に嫉妬しそれがゆえに憎めばこれ同じく不幸への道なり」
物の多寡に幸不幸の基準を持つこと自体が不幸への道なり」

富める者は冨まざる者に慈愛を施し、冨まざる者は自らを小さくすることなく義に生きるべし
posted by 筆文字や隆庵 at 13:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

因果律から

 良いことをすれば良いことが起きる、悪いことをすれば悪いことが起きるというのが法則なのです。
 喜び 苦しみ、悲しみ、健康 病気、家族の調和 不調和、社会の不安定などすべての現象にはすべて原因があるのです。
 では、良いことと悪いことの区分はどうなっているのでしょうか
 良いこととは、感謝の心、調和の心、愛と慈悲の心 敬虔 謙虚、勇気のこころで行動するということ
 反対に悪いこととは、罪悪感 自信喪失 劣等感 自己顕示欲 憎しみ 怒り 悲しみ 泣き言、妬み
等のこころで行動すること 等です
 しかしながらそもそもの人間のこころは「善」であり「霊」が本質であってすべての人間に反省というチャンスがあるのです。
  我は神とともにあり・・
posted by 筆文字や隆庵 at 16:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

人間神の子

人間もすべての生き物も植物も動物も神の創造物であることは旧約聖書をはじめとして古事記も
人間釈迦という書物に表現されているように神の子であり善であるのです。したがって悪と見える現象は善である神の子が自らを表現できていない消極的な状態を世俗的には悪といっているだけでなのです。
絶対善が認識できるまであと何万年もかかるのでしょうか・・・
posted by 筆文字や隆庵 at 20:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

原因と結果

私が日々体験する事象はある時に私が思ってそして行った結果が出てきているということを知ったならば日々の生活がいかに大切なことであろうかと思わずにはいられない。
まぎれもなく私たちは多くの人たちと触れ合いながら生きていかなければなりません。様々な社会や人間関係の中で生活をしているのです。
したがって「調和」が必要だとは思うのですがその調和を乱した分だけ不調和が生まれそこにストレスを感じてしまうのです。心の安らぎを求めているのに 今私は主に「偏向報道」をしているテレビをはじめ新聞社などにものすごい怒りやストレスを感じてしまっています。いわゆる左翼系マスコミやそのことに乗じて国会で愚劣なふるまいをしている野党議員の諸君を考えると一日がとても不愉快な心情から始まってしまいます。 だから 新聞を読まないテレビも見ないようにしています。意図された偏向報道を聞くくらいならとネット情報を拾いながら情報収集をしている次第です。
朝日新聞社が文芸評論家の小川栄太郎氏と飛鳥新社を訴えているそうですが「笑止千万」マスコミにあるまじき醜態をさらしていますがあきれてしまいます。かのごとくマスコミが反省すべき点が多々あるようです。
うそがうそをよびさらにひろがり取り返しのつかない状況を結果としてうけとることになるでしょう。
「原因と結果」の法則は自動的に働くものと考えています。


posted by 筆文字や隆庵 at 16:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

現状把握・因縁と業

 私の目の前に顕れている問題(現象・事象)は過去私が思い行ってきた結果として今の存在があります。
他者はどうあれ自分さえ良ければいいのだと、その時点でそう思いそのように行為した。
 目先の利や私欲を優先したような行為は一見すると正しいように思われるのですが、ある一定期間を経てそれらの思念や行為の結果が自らの身に起こってきます。
 つまり、目の前に起きている問題はあの日あの時の自らの思いや行い、自己中心的なふるまいを今度は自分がされることになるわけです。
 思いもよらぬ形として顕現されるため私はその原因となった態度を忘れているために不平不満を持ったり愚痴を思ったりしてしまい、また新たな原因を作ってしまいます。結果として物事が循環、円運動を起こしながら何度も何度も負の結果が付いて回る事になるわけです。
 逆に他者を大切にするような思念や行為が先にありますとある時突然「善果」が現れ反省をとあして感謝すればその種子はまた良い結果を生んでいくことになるわけです。

posted by 筆文字や隆庵 at 11:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月23日

国会

 またぞろ大事な議論をしなければならない国会が始まり我が国の近未来のかたちづくるべき場が野党によって「もりかけ問題やすぱこん」というスキャンダラスな話になり全くあきれてものもいえない状況。
 反日という連中によって政策論議は進まず、時間ばかりがただ過ぎていくばかり。そうすれば数で圧倒している与党のいいなりになるわけで、建設的意見交換など望むべきなきことになります。
 国家的な危機をなんと心得ているのかい?
これこそが税金の無駄遣いなのよね・・・
posted by 筆文字や隆庵 at 11:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

天と地を結ぶ電話 Jamesクレンショー著

ある男が死に、火葬にされた3日後に霊媒を通してこう語ったそうです。「私はどこにいるのだ、私は死んでいない、これはどうしたことかなんとしたことだろう」と・・少し慌てている様子でした。
さらに一週間後
「一体ここは地獄何だろうか?私はどこにいるのだろうか」
次の週になると彼は歌いながらあらわれてきたさらに、新しい調子で話し始めた

「私はとても幸福です。私はあなたが私にして下さったことを思い出して今感謝しています」
この霊人は友から仲間から現幽両世界で援助を受けたことを感謝し最後に自分は幽界の「準備室」に置かれているのだといった。こうして彼は実際に「救われた」のである。
posted by 筆文字や隆庵 at 16:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

反省

一年を振り返って・・・・今年もまた年末を迎え反省をする為に日記と手帳を省みながら一つ一つの現象がいかなる原因があったのかを追求し洗い出し良い現象には称賛を与え悪い現象には叱責を与え二度とそんな起きないように注意を喚起していく。
その考え方や方法は自らを第三者から眺めることがコツである。

 反省の基準として私は、宮沢賢治先生の「アメニモマケズ・・・」としている。
posted by 筆文字や隆庵 at 10:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

毎年の宣言

 毎年 私の手帳の冒頭はここ10年次の如くあり
「私が不慮の事故もしくは病にて生命の危機を迎えようとしたとき、意識のない自分では言い切れないのでここに書を残しておきますので以下のとおりの処理をお願いします」

 1.延命処置不可

 2.葬式いらず

 3.墓いらず

 4.荼毘の後はごみとして下さい

 5.ただ法的な処理はお願いします

 といった文言を記している


 人間が死と呼んでいるのは、物的身体がものを言わなくなる現象です。用事が終わって霊との縁が切れ、元の大地にリンやカリになり戻っていくだけの事なのですが
往々にして死というものに対して霊が十分な準備が整っていないうちに起きるので様々な問題を抱えてしまいます。
 が、実際には霊は肉体という不自由な牢から解放されて、それよりはるかに精妙なる構造をした霊的身体(光)で自我を表現することになり、地上では眠っていた霊的感覚が発揮され始めその活動範囲も飛躍的に広がるのです

 (シルバーパーチ霊言より)
posted by 筆文字や隆庵 at 21:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

目標設定

久々の投稿です。

行動するために何が必要か

計画と実践 特に行動の中で向上する私たちに

何が必要か 

方向を定めることが必要である

つまり

明確な目標が要る

人は方向が決まればその方向へと動き出す   と同時に

目標 それも明確な目標に向かって動き出す

努力をする

だから 行動するためには明確な目標が必要なのである


posted by 筆文字や隆庵 at 15:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする