2021年09月17日

人生の成功

 人生において何を成功と位置付けるかによって、その方の価値基準がわかります。
最近のCMを観察していくと投資による資産運用などの金に関するお誘い、ネット上では○○すれば簡単に稼げます、その他金もうけに関する情報、アフィリエイトで稼ぐとか金になる○○などという情報が出回っているように感じます。
 確かに金銭のの確保は大事であり今の世の中 経済社会における人生の在り方としてないがしろには出来ないという事は容易に理解することが出来ます。モノの生産、製造、流通によって多くの方たちの仕事が創造されその仕事の価値として各人が経済活動に参加しているというのも事実です。

しかしながら経済の問題はあくまでも生きていくための手段にすぎず真の目的ではないのです。人生経営のほんの一部分を占めているに過ぎない経済が何より大切とばかり第一目的と化してしまい、学歴社会の中の教育も人間関係構築もそのための手段にしかなっていないというのが今我が国のみならず世界の情勢を決めているのではないかと思うのです。

 人生の成功を経済に求めたところでそれが本質でないことぐらいは誰もが知っている。その証拠に全世界にて読まれている書物「聖書」「仏典」などはその解釈によって様々な派がありながらも今日まで数千年の間愛されているところをみるにつけ「経済優先」の教えでないことぐらいわかります。
 経済学問も普遍的ではなく理論破たんしていることは現在の世界状況から分かっていることであります。論理破たんしている証拠に、いまだ戦争が存在しかつ今後もそのおそれありという事です。
 聖書や仏典の主役であったイエスや仏陀は金もうけしていたでしょうか、否むしろ物質的には恵まれていなかったといえます。その弟子たちもまた同様です。
 翻って現代の宗教指導者といわれている方たちの状況はどうでしょうか、心ある一部の宗教家を除いては大きな殿堂をこしらえ、豪華な派手な服装で信者の寄進によって優雅な暮らしをしているではないでしょうか、便宜上宗教指導者とかきましたが政治的指導者も同じ、特に共産圏の指導者をご覧ください。結局は物質経済最優先の本性が現れています。

 問題は金のあるなしによって成功か失敗かを判断している心の間違いが生んだ矛盾という事に気付いていない人が大多数いるという事なのです。
  では、成功の定義とは何でしょうか・・・
 イチロー選手は引退会見の折、記者の質問「イチローさんは成功者ですがその秘訣のようなものがありますか?」に対して次のように述べてました「まず、僕は成功という言葉、皆さんが思っているような概念そのものの言葉の響きはあまり好きではありません、成功を言葉で評すれば自分の好きな事をやり続けられて、こうして多くのお客さんに評価されている自分がここにいる。のだという状況こそがまあ成功という事かもしれませんし、好きなことに熱中出来たという過程に価値があるのではないかと思っています」
 とこのような意味の話だったように思います。
 
 さて、私は成功を定義することはできませんが次の事だけは言えます
 自分と自分の周りの調和のために努力しその結果として平和な環境が維持できている。
その環境が一瞬一瞬の時の流れの中に実感できていること
 また、そういう人々が増えていっていると実感出来る事  

 こうありたいと思っています。
 今日は成功の定義について書きました



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2021年09月15日

あの世の霊たちの協力


シルバーパーチの霊訓(八)
121頁より・・・・

第五章  霊的真理に目覚めた以上 今日や明日のことを心配してはいけません。あなた方の霊に危害が及ぶことは決してありません。
 自分の知っている事、これまでに自分に明かされた真理に忠実に生きていれば、いかなる苦難が降りかかってもいささかも傷つくことなく切り抜けることが出来ます。
 地上で生じるいかなる出来事もあなた方を霊的に傷つけたり、打ちのめしたりすることはできません。
ご自分の日常生活をご覧になれば条件の整った時の霊の威力を証明するものがいくらでもあるはずです。とシルバーパーチはこういい

「最善の努力をされている人々に対しては必ず私たちに関係の深い実在界(あの世)の人々によって常に協力がなされていることを忘れてはならない」 と 高橋信次師のことばであります。

 真理に忠実に生きていくという事に関して具体的にとかれたのは釈尊の説かれた「八正道」であり、この実践こそが人生の旅人である私たちの使命でもあるわけです。

 
posted by 筆文字や隆庵 at 12:15| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月14日

価値観・部分と全体

 いわゆる知性というものから生じる価値観、思想やイデオロギーは人間の一部分だけを捉えて、それがあたかも人間の考える全体の考えであるかのように擬装、吹聴して社会を混乱させている。○○主義というのがそれである。
 わたし達は思想や主義の奴隷になってはならないのである。人間の生活にとって必要なことはほんの一部分だけを全体だと考えるのではなく総合的に捉えなければならないのであります。
 
 人間の心にはそれぞれに領域があります。知性・感情・本能・理性といった機能をそれぞれ受け持っている分野と 思うという想念の分野があり、行動を司る意志という働きを持つ分野があります。

 これらの心の機能をまんべんなく活用していくことが大切であり、例えば知性だけが発達しその他の機能が小さくなってしまうと「知に働けば角が立つ」と、明治の文豪夏目漱石が言ったように、知はとかく分析に流れて全体をみないため細かな人情味にかけるといった弊害をもたらすのです。
  昨今の「コロナ禍対策専門会議」における専門家の意見は部分的、分析的、自己弁護になりがちでとても政治や行政のような全体を俯瞰すべき世界には通用しないという図式を証明しているようです。
 全体の調整役としてはやはり理屈だけではなく感情も本能も理性もバランスよく働かせることが必要なんだと感じます

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2021年09月13日

永遠の旅魂

 わたし達は例外なく永遠の生命を持ち、過去 現在 未来の三世を繰り返しながら魂の向上を図り、地上界の存在目的である「平和な環境」づくりに寄与しなければならないのです。

 創造主によって創られた私たちの魂はまず天上の世界に光として生まれます。光子体というボディを持ち個性を持った私たちは神意により創造された物質世界に、物質肉体を纏い出生したのであります。その時の様子を言葉にて表すと大地の一角に忽然と姿を顕したのでしょう。
 陰陽の仕組みににより物質生命体の誕生、成長が始まりやがて循環の仕組みが回転していきます。

人類発祥の歴史は神意によって始まり、天上界と同じ物質界を建設するといった使命をもち永遠の旅を続けるものとして存在しているといえる。
また、その旅は厳しいものですし逆に楽しいものです。

 地上界にて生活していた私たちはいずれ肉体の滅びとともにあの世というべき天上の世界の住人となり、また時を経て地上界の住人となるのですが その都度初めての旅の如く錯覚をしてしまいます。  
 しかし、本来の自分を自覚、正しい生き方に目覚めた時には過去の体験、何千回何万回と輪廻してきた際に得た知識、技能や心構えが蘇り現状の問題解決の糧として意識できるようになるのです。

 般若心経はこのことをいっているのであります。

 観自在菩薩行深 ・・・観自在 観る事自在と書いているがこれは当て字。もともとインドの言葉でアポロキティシュバラーという意味でありアポロと呼ばれる悟られた方が深く正しい道を行ずる時に・・・とここまでは言っています。インドにお釈迦様が生まれた頃というのは今から2500年ほど前ですがさらにそれ以前800年ほどさかのぼってギリシャ文明がありそのころの聖者に「アポロ」という方がおられそのアポロといわれた方が説いた教えがヴェーダやウパニシャッドという書に残されており、インド時代の「バラモン」の経典となっていたのである。そこにある「シュバラー」という言葉が前述した「悟られた方」という風になっていたのです。

 詳細は高橋信次先生著 「原説般若心経」ご一読をおすすめします

 一方においては「潜在意識」ともいえるのですがポイントは永遠の命の旅という事なので記憶は肉体に蓄積されているのではなく心・魂といった次元の違うところにあるという事を知らなけれぱならないのです。
 
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2021年09月08日

知っておくべき事

 
 わたし達は全員が本来は「霊」であり永遠に生き通しの生命体であり、それは個性を持った存在であることを知っておくべきであり、このことを理解していくために、今この地上界という相対的な世界で学習していく。
これこそが真の私たちの姿であるのです。

 この世に生まれる前は天上界ともいうべきあの世にて生活しているのですが、さらにそれ以前は地上界にて生活していたという事になります。過去世 現世 来世の三世は生命流転の過程にして永遠に普遍なることを悟るべし
 
 このことが理解できたらこの世にて思ったこと為したことの結果はずっとついて回るという事になるのだという事も理解できるのです
 お釈迦様はこのことを「悪因悪果・善因善果」「因縁」といわれ、物理学でいうところの作用反作用の法則が万象すべてに適用されているという事なのであり、キリストは「播いた種子がはえる」といわれた。

 生きてるときに作った原因は生きているうちに結果が生じるのか、はたまた死後ももち越していくのか、それでも積み残したものは来世までも持ち越すこともあるのであります
 だから、この世でしか通用しない物質、地位や名誉やお金などに執着することがいかに空しいかを知らなければならないのです

posted by 筆文字や隆庵 at 11:47| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月05日

表面意識と潜在意識

 自粛生活という名の引きこもりがこれだけ長く続くとは、予想だにしなかった現象ではある。
というわけで多くの人達も対コロナ禍とはいえ厭戦気分になっているのかもしれませんが、緊急事態でなかった日々の方が少ないような気がしてるのも小生だけではあるまい。
 という事はすでに「緊急時」が「普通の時」と化してしまっているのないかと感じる今日です。
いつもこのブログに書いている事なんですが正しい情報を発しているマスコミ機関が果たして存在しているのであろうかと疑問に感じるのです。
 感染者と陽性者との違い、検査者総数と陽性者の割合、重症者の定義、死者のプロフィル既往症の有無に関して最近は情報発信をしているものの多くの人々は感染者数過去最多とか言われるとその内情はともかく不必要とも思える「恐怖」を覚えるものです。
 厚生省の罪も重い、確かにホームページ上で細かな数値は公開しているが、そんなもん高齢者は見ないし知らないのです。
だから、マスコミ、テレビの情報しか知らずそれを表面意識でとらえ、無意識に「恐怖」をいだき、その意識が潜在意識に刻まれていくわけですから結果として感染者増に対して無意識に反応してしまうのです。

 人間の普段の生き方を左右するのは意識下ではなくほとんどが潜在している無意識下に存在する思いなのだから常日頃の情報から直感的に物事を判断してしまうようになっていくのです。ましてやすでに1年8か月の間にわたりまき散らされている「情報」は多くの人々の「恐怖増進情報」となるのです。
 こういった話の他に平均寿命が延びたという事もあり日本は「世界一の長寿国」として存在しています。
 コロナ怖いぞ死者が出るぞと脅かしていたマスコミはこのことをどうとらえているのだろうか?

またワクチン接種がすすんでいるからか、感染者数は増えても死者数は増えていないのです・・これもネットで調べたら、厚労省のページをみたらわかることなのですが・・・・

 先般新聞記事に「医師の悲鳴」「病床が間に合わない」「医療崩壊」などのおどろおどろしい文言が並んでいました。これもまた変な話であって世界一の病床数を誇る日本の医療事情と現在推移している重症者数の世界との比較から見て全くあり得ない数字を羅列しているのです。行政に関しての不満なのか不満をたきつけて政治不信をあおっているかのような記事になっているようで気味が悪いですね。実はこの問題解決に関しては政府からも予算を頂いていて改善のための経済投資が利用できるはずなのになぜかしないで、専門家会議からは外出自粛のみ訴求している状態、医師としての職業倫理などみじんも見られない状況になっているのです。あれだけ「緊急事態宣言」していても問題解決になっていないという事に彼らは気づいていないのか、それとも無視なのか、いずれにしても今回の事態を鑑みるに「医師会」のぶざまなさまが如実に表れました。
 みっともないのはテレビに出ている医師だけならまだ救えますけど・・・
本来なら「なぜ2類伝染病(コレラ・エボラ出血など死亡率の高い伝染病)と同列の扱いではなく5類相当(インフルエンザなみ)にしないのかと医師たちが行政などに対して発言すべきです、5類になれば一気に診療できる環境が広がり病床も医師数も不足するといった事態は防げると思うし仰々しい防護服を着用する必要もなくなると思いますし、そもそも医療関係者は優先的に「ワクチン接種」が行われてきたのでありますから
医療ひっ迫などと報道されると、なぜ?と思うわけです。

いずれにしましても今のままの感染者数優先での施策を続けている以上ずっとこの状態、しょっちゅう「緊急事態宣言」を出し続けることになりましょう、ゼロコロナという事はあり得ないしそろそろ集団免疫ができる頃ですから早く日常生活を普通に戻していかないと単なる不便な暮らしというだけではなく日本経済発展の足を引っ張ることになります。

必要以上に「コロナ不安」をあおるマスコミの諸君にもう辟易しているのです。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:53| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月01日

日々夢を語ろう

 人が輪廻するという事は別に宗教的な事ではなく、万象万物にあてはまる現象であることを知らなければならないのです。
過去の時代においてなしたこと、なされたことの記憶はいったん心の奥にしまわれ毎回初めての人生の旅のように思うのではあるが現在この世にいるという事は過去世があるという事の証であるという事なのです。
 
 生まれるにあたっては私たちの意識はいったん心の奥に閉じ込められ、年齢を重ねるうちに徐々に表面に現われてくるようになっていきますが、全体の10%しか顕在化しないのです。
 例えば身近な物質である水H2Oは、温度という縁により液体、個体、気体の3っつの様相で成り立っています。その水も氷としてある時の水上に現われる分量は10%であり、その他の鉄もまた同様であります。

 さて、地上生活を営みながら次第にその人、各人の個性が表面化していくのですがその場合に大きく影響していくのが過去世において学んできたこと体験したことなど、また今回生まれてきた環境や教育、思想、習慣といった後天的な事象に引きずられていくことになるのですが、特に生前強く思ったことなどに知らず知らずのうちに近寄っていくようです。
 ですから、己の過去世を知りたければ今の自分を知ること 過去の出来事から学んだことにどうしても興味が出てくるのです。ということは常に夢を持ち、目標意識をもって生きていくことがどれだけ自らの向上心を鼓舞するのか想像できるでしょう。

 実はそこに人生における課題があるのです。

 これらの内容に関しては 高橋信次著「心の発見」 園頭広周 著 「心行の解説 上・下」より小生が感じたことであります。

posted by 筆文字や隆庵 at 11:48| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月29日

コロナ対策について

 武漢肺炎ということばからコロナに変わったとしてもその本質は同じであって、対応しなければならないという事実に何ら変わりはない。
我が国に入ってきたウィルスにより社会全体が大きく変化してきた。
 1年8か月もの間一体どんなエビデンスによって様々な対応策が実施されてきたがなんら効果なしといったエビデンスだけが残り、凝りもせず尾身会長は自粛一辺倒といった国民生活を邪魔する事ばかりの発言を繰り返しているにすぎないし、政府も専門家会議の言いなりになっているようだ。
 何度緊急事態発言を行っても事態は一向に変わらないのであって、それはなぜかといった議論もかみ合わない状態が続いている。
 国民を強制できるためには法律を変えなければできないし、そもそも実態に関しての正しい情報を伝えてもいない・・とは言ってもまだ「厚労省」のホームページ上では割と詳細を記載されているがこんなもの一般の国民は目にしない・・という事はやはりマスコミにその責はあるのではないか。まずもって正しい情報なしに「恐怖」をあおるだけといった無責任な機関に囲まれているのが現状の私たちなのである。

福岡県の陽性者が一日1,000名になったそうだ(緊急事態宣言中だが)。陽性者であって感染者ではないのであるがとにかく時系列で比較する数値が陽性者という事なのでそれに準ずる。
 福岡県の人口510万人のうちの1000人という事になる。500万人で1000人とすると50万人で100人 5万人で10人くらいの割合で陽性者が発生しているという事になり、5000人で1人程度ということになるではないか、内死亡者数7日間平均で1人だそうだ。最も多かった死亡者数は8月11日の4名である。この数値をみてると緊急事態の前提条件とは一体何なのか、なんかおかしいと思わないわけにはいかない。

 いずれにしても誇大放送に終始するマスコミの悪意を感じてしまうのは私だけだろうか、否。

世界の動きもおかしいと思うのである。
 
posted by 筆文字や隆庵 at 15:07| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月26日

幸せに至る道

 幸せの状態とは一体どんな状態のなにをもって言うのであろうか?
蓋然性のあるもの、いわゆる誰にでも当てはまるといった類の概念では説明できないかもしれない
あくまでも「個人の価値観」に大きく影響を受けるものであって人それぞれだよね・・といった意見が大半を占めるのであろう。
 普遍的ではないという事は各人の生まれてきた環境や思想や習慣によってある意味後天的な価値観の上にその幸福感の位置づけが決まるという風に考えることができよう

 しかし、本来は自分の心が(まさしく善そのものの限りなく本来の資質)どうとらえているかによって心の奥底にある感じ方が変わってくるという事を意外と知る人は少ないのであります。

 不幸になりたいと思っている人はいない、生きている以上は幸せでありたいと当たり前に思う
 でもそういう人に聞いてみると幸せな状態とは経済的に豊かでありたいと思い金もちになることこそが幸せであるという
 そうなるためにはいい学校に行き、いい会社に就職、もしくは特別な職業について金もうけできる環境を手に入れる事だという
 本当にそうなのか・・・・・

またある人次のようにいう、「楽あれば苦があり、苦がありて楽あり」だから楽のために、苦を乗り越える必要があるから日々の苦しい努力をするのである。
 仏教では四苦八苦といって苦行の先に浄土があるので今世で苦しむのは来世の楽園のためにの修行をするのだという。

 少し話がそれましたが、今の世の中物質的に恵まれていたら幸せなのだということが定説になっているようです。国民総生産が多いとか少ないとかで国力が計られているのも、金持ちがいかにも優良な人として社会から認められているのも、逆に疎まれているのも、うらやましがられているのもその「物質至上主義」のなせる業でしょう

 しかし、それが本来の幸福だと中々納得していない人が多いのも一方では事実なのである。
 設けることなど眼中にない芸術家にとって金銭など二の次だという話もよく聞くし、自らの損得を除外してまでも人々のために身を粉にする人々もいるのである。
 
 人類社会の始まりから今日までこれら「幸福」に関しての論議は様々な人々の中で進められ様々な意見があったように思うのであるが真実に近い考えとはどういったものであろうか人類の歴史上最大のベストセラーといわれている「聖書」※ 旧約・新約それぞれの内容、仏陀が説かれたという仏典の数々、はたまたイスラム教の経典「コーラン」2000年前に存在した「孔子」の論語はじめ中国古典等、ひも解けば壮大な資料が存在している。生き方についていかに多くの人々が関心を持っていたかを表しているのがこれらの書物であり預言書である。

 私達人類は「幸せとは何か」という課題に関して真の解答を得るために生きているといっても過言ではないかもしれない。それくらい受け取り方が千差万別であろう。

 ただ、いろんな意見があるとは言いながら各人がおかれている環境については聖人か否かに関係なく共通に発生する現象というものがある。それは、過去の人々も現在の人々も未来の人々にも生老病死は避けられないという現実があるという事。これだけは紛れもなく誰にでも訪れる現象であるという事を前提に、「幸せ」について今一度考えよう・・・

 




 




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2021年08月24日

四書・・「大学」

 いま、本質を見極めるとき

くだらない人物を使って、国家を治めるならば天災や失政の害がしきりにやってくる

四書の一つに「大学」がある紀元430年頃、宋の朱熹によって文章化されたといわれている。
くだらない人物とは私利私欲にかられた小人物、その小人物が人の上に立つと 国家は自ずから滅亡の坂を転落していく
という事である。

毎日毎日流されている情報を鑑みるに明日の日本は大丈夫かと悲観することばかり・・
紀元400年ごろから、もっとさかのぼれば孔子の時代からこんな私利私欲にかられた輩が重要なポジションにいたことが
伺える、まあ懲りないのは「人間」ということなのか・・・

確かな理念を持ちつつ現実処理の為の方針を立て、かつ問題処理の技術を習得している政治組織の誕生を待つしかないのであろうか

posted by 筆文字や隆庵 at 10:23| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月23日

才能湧現の実現

 誰もが大きな智慧能力も持っている。それは潜在意識層に存在している、意識は全体の10%だけ表面に現われ残りの90%は潜在しているのであります。
 実は人の運命を左右するのはその層にあるわけで実は活用されるのを待っているのです。

 その力を発揮させるにはいくつかの条件があるのではと先人たちは様々に工夫し実践したのであります。
この能力を発揮させるために必要なものの一つには、危機があります。その危機に対応するために隠れていた能力が出てくるという事です。
「火事場のクソ力」とでもいうのでしょうか。よく聞く話ではありますがこんな環境に遭遇しなければならないという事には無理があります。できれば平和な環境の中でも発揮できる方法がいいと思いますよね・・

 緊急時をあえて作ろうとしたら明確な目標設定に期限を設け時間的に追い詰めることによって危機を演出することが出来るかもしれませんが、何らかの大きなプロジェクト等を抱えている場合などはそんな環境に知らず知らずになっているのかもね
いずれにしても一般的には難しい話です

 最も効果的なのはリラックス時間をとるという事です・・ヨガや瞑想によるリラクゼーションが隠れた能力やアイディアを涌現させてくれるという説があります、ある課題を解決するために精神を集中させ極限まで意識を緊張させた後の ふっと一息した時にに発想出来るという場合があります。その「ふっと一息ついた」状態がリラクゼーションの体感という事になるのでしょうが、リラックス・状態に入る前に強く問題解決の方法に関しての情報は意識の中に投入しておくといった明確な「目的意識」を持っていないとだめなのですが、漠然としていたら漠然とインスピレーションがあるだけです・・・
 明確な目的意識が先ず必要であるという事を忘れてはならないのです。

祈りといった行為も明確にしたうえでアリアリと心に画像を作るというのが本当なのですがそれ以前に心の錆を落とす。つまりは自己分析というべき反省という行為が必要となります。
 祈りという行為は潜在意識層への働きになりますし、実はその世界は空間や時間を超越した次元の異なる階層であるので天使や悪魔の回遊しているため注意は必要であります。
 この概念は後日詳細を説明したいと考えています。



posted by 筆文字や隆庵 at 12:58| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月22日

他人と比べる生き方について

優越感と劣等感のはざまに心が揺れている間はいつまでたっても心が休まることはない
 
いつも不平不満が心の中にある状態がそれである、つまり心の安らぎを求めて生きている私たちにとっては

不幸な事なのである

 優越感も劣等感も実は同じ心理状況であることを知る人は少ない 
 同じ心の領域から発信されている感情なのである。

それは、常に他と自分を比較している心でありシーソーの様に上下し、都度心の安らぎを失っている

 「不平不満の根っこ」自分さえ良ければいいという心に繋がり本来「善」そのものである自分の心をいため
 重ぐるしいオーラを発し、周りの人々を巻き込み不幸の種子を播く

 不幸の種子は心の中にて増殖され益々負のスパイラルに入り込んでいく(循環の法則の働き・仏教でいうところの業)

 そのスパイラルを断ち切るには反省しかないのである(仏教でいうところの止観・キリスト教では懺悔という)

 反省こそが心の汚れを取り去る手段であることを知れ
posted by 筆文字や隆庵 at 13:01| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月20日

今、何をすればいいの?

 今の世の中恥ずかしいことではあるが わがまま 見栄っ張り 中傷 競争心が強い 他人が気になる 自分に注意を引き付ける 自己本位 等自分中心の自己顕示欲の強い人が大変多い。政治不信 戦争 企業倒産 家庭崩壊 教育の乱れ 殺人 等自己顕示欲の強いひとによって引き起こされている数々の出来事といえる。
 また、そこまででなくとも愚痴や不平不満を言う人も多い。
これらの人々は、自分の欲望が満たされない人や努力の足りない人に見られる現象である。何が正しく,
何が間違いかを深く考えもせず、誰誰が言っただとか、自分もそのように思うからなどと物事の判断や決断の基準が自分本位にあり、そういったことが現代の世相を作り出したといえるだろう。

 なぜ いま判断基準を誤った不祥事が表面化しているのだろうか、多くの殺人事件や天変地異は何を物語っているのだろうか

政治行政面 会社運営面 家庭教育面 学校経営面など各方面において重大なことがおこっている。
 なぜだろう・・・
これらは、自然の流れに逆らったからである。自然はすべて相関関係にある たすけあい 補い合い 持ちつ持たれつの関係にある。
 自己本位にやりたい放題やってきたそんな人間に対して自然は形を変え警告を発しているといえるだろう。
その事に気が付いている者だけでも(たとえ少数であったとしても)いま何を考えなにをすればいいのか できることから実践しよう。各方面で起こっている元は吾々各人の考え方の問題である。
 だから我々は本来の自分にを取り戻さなければならない。これからは自然の流れに合ったこと つまり正しいことは発展し続け間違ったことは厳しい環境をおのずからつくり上げることになるであろう。
 現代ほど自然の法則 原理原則 人間の正しい生き方を問われる時はない。各方面の指導者が自然の法則をよく理解し人間の正しい生き方をしなければ破滅への道を歩むことになるだろう。
このことは国や地域といった地理的環境や、時代という時間的環境に関わらずすべての生きとし生けるものに作用している自然の摂理であることを理解したうえで、次の3点の実践をすすめる

1. 心を丸く豊かにする・・・想像は創造のはじまり、物事はまず心にその形を作るのである。本来心は丸く豊かなものであるから自分のみぞおちあたりに心を丸く(黄金に輝く光の玉のように)描く。そうすれば冷静に物事の判断ができる。心の乱れは行動の乱れに連なり言葉の乱れ、服装の乱れ、部屋の乱れに・・などを作る。 正しい判断のためにまず心を丸くしよう。

2. すべてに感謝をする・・・いま自分があるのは 自然 両親 家族 夫 妻 師 友人知人 仕事 病気 などのおかげであるから全てに感謝をする。

3. 返事は「はいっ」とする・・・拝という尊重 敬意を表す「はい」である。「ハイ」という言葉の響きはなんと素晴らしいものであるかを知り常に感謝の言葉と思う。 職場を活気づけ家庭の明るさをつくり、特に夫婦間のそれは素直な子供を作り 職場では規律正しい環境をつくり上げるのである。

 以上3点に関して提案したい。


  ※この文章は今から30年ほど前に熊澤次郎 著 機関紙「地行合一」より抜粋

posted by 筆文字や隆庵 at 11:08| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月18日

ゴールの見えないレース

 マラソンの選手はスタート時点から42.195キロ走ったらゴールだ。という事を知っているから苦しい中走ることが出来ます。
100m.先にゴールテープがあるから走ることが可能になります。物事はすべからくとりあえずのゴールが設定されているからこそ頑張れると思うのですがいかが?

 会社の決算も確定申告も同じ、学校生活も同じ・・・

なのに「コロナ感染に関する緊急事態宣言」だけは次々とゴールポストが変化していく。いい加減国民が幻滅していくのは目に見えている。
 もともとどういう風に数値が達成できればいいのかわからない。数々の情報を見ると厚生労働省のHPではほとんどの感染者は軽症傾向にあるとしている。そして「ワクチン接種」も着々進んでいる・・陽性者は増えても重症者は増えていないし死者数も減少し一日平均1から2名とのこと
これらのデータに関して何の説明もない「専門家会議」?※なんの専門家 など不要であるとは思いませんか、
 いつも思うのですが感染者数(陽性者数)は発症者数ではないという事なのにこの数だけを問題にするという動き、ワクチンは何のためにうったのか?
 いつも国民に付けを回している専門家会議、現状のありようは今までの物差しだと効果がないという事の証明だしそもそもの問題解決方法が間違っていたということなのにそれにきがついているのかいと問いたい。
先日の報道では平均寿命が延びているという事を言っていた。という事はコロナ禍の中で死者が少ないという事だろう。

 次に世界の中での日本という観察力の欠如、参考にすらならない。対応策が個人への訴えしかないという現実を嘆きデパ地下が発症元だといわんばかりの意見。ばかばかしくってはなしにならん

 何らかの力学が働いているとしか思えなくなったというのが本日の本音なのだ

 乱文にて意見す

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2021年08月15日

考えることをしない人生

 日々の暮らしの中で物事を考える習慣がないと、いたずらに周りの情報にひきずられていきます。具体的にはまずテレビを中心とするマスコミであり、近所の噂話であり、各人の思い込みであったりと上滑りの情報に惑わされていくのです。
 また、職場に於いての情報もしかり上司が、同僚がこういったとかこうしたとかで大きく変化してしまう。
そこに、自分が考えていないとただ周りに流され、貴重な人生の一コマを無駄にしているような気がします。だから、自分の目標を明確に設定しそれに向かって努力せよと日々自らに訴えているわけです。

 今、世間は反日とも反政府ともいわれるような活動家の跋扈を許しています。彼らの言い分をつぶさに分析していくという、考えることをしていけばいかにバカバカしいことを論じているかがわかるはずです。

日本人の矜持に期待しています。

 マスコミの流す情報などに瑕疵がないか、よく考えましょう。

posted by 筆文字や隆庵 at 20:00| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月12日

価値ある財産

 物質至上主義とは金持ちが一番偉いと錯覚させる社会
この主義がはびこるとすべてのゴールが金やものとなってくるのであります。そうするとどうなるか、社会に於ける為すべきことの優先順位が限られた物質の争奪戦となるわけですから、とるとられるの弱肉強食の世界が繰り広げられるのです。

 それは野生動物の世界のそれとは異なりまさしく「餓鬼道」という地獄の世界。利己主義オンリーの世界の創出となるのであり、少なくとも足ることを知っていて必要以上に他者を(他の動物)を襲わない肉食動物以下の暮らしを良しとする世界が出来上がってしまった感があります。
 
他者を慮り、平和を求める手段としての物質ならまだよいが全く自らの「栄耀栄華」のためにのみ自らの存在価値を求めてしまっているのがいわゆる指導者層とよばれる人たちの性なのでしょう。
 だから、学歴が必要とばかり受験戦争という名の競争に勝ち抜くことが先ずの目標となり学閥を利用することによって出世街道を開き、あるものは官僚の道、あるものは経済界へ正解へ、そして医療の世界、教育界へとエリートの道を歩んでいこうと画策しそのように一家総出で応援するという図式が出来上がっているような気がしています。

そうした薄っぺらい人生設計の中から生まれた指導者層が一体どんな世界を作ったか考えてみたいと思う。
 国内情勢は、国を治める舞台で幼稚園での発表会が、行われているのではないかと疑いたくなるような、政治の貧困
経済面においては如何に働かないで儲けようかといった風潮によって、簡単な投資、FXやマルチ商法等の根無し草のような経済活動がはびこり
 会社の不正義や不祥事、大企業の粉飾決算など恥ずべき内容の列挙、日本の近代化を推進してきた「渋沢栄一翁」の嘆きが聞こえてきそうです。
 社会生活面でも人間の尊い命を平気で奪い、金品を強奪したり親殺し、子殺し等地獄の様相さながらの行為が日夜ニュースとなっている。

 他国に手も同様なことが起きている現状を見るにつけマス・メディアのあおりも当然かと思う次第である。
 過去から現在に至るまでのそれぞれの思考や行為を反省し修正しなければならない時期に来ていると痛感している今日この頃ではあります。

 まずは身近な目の前の世界を修正しようと日々行動していこう。自己の確立と家族の平和そして自分が所属している組織の調和のためにまずは「利己主義」から脱していこう・・・




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2021年08月11日

日々の心の整理

 周りから入ってくる情報に心を奪われるとろくなことにはならない。いつからか人はほっておけば「マイナス思考」に毒され、本来丸く豊かな心に傷をつけて生活しているように思うのである。

 もともとマスコミというのは「てえへんだ、てえへんだ」と騒ぎ人心を引き付けて商売しているのだなと、時代劇の「かわらばんや」を見ていて妙に納得するのである。
 そこにあるのは人の俗物的感情を呼び起こし、知るべき事 つまり原理原則を度外視して繰り広げられるよまいごとにいかに人が影響されるかを教えてくれているようにも思う。
 ここに、真の学問の必要性があるのである。
元来 人は完全善であり悪と見える現象はその完全なる善が埋もれていてまだ表面に出る事のない消極的な状態をいうのである。つまりは俗物的感情も独善も利己主義もすべては後天的なものであり、本来の自分はそんなものに振り回されることの愚かさを知っているはずなのである。
 その本来絶対善である自分との対話こそが大切であり、毎日時間をとって心の整理をするべきだと思う。
心を動かしている一つ一つの事例をあげ、○○についてどう思うかと自問自答していこう。

 心の中の自分に問いかけながら○○についての意見を整えていく作業を自己診断という。企業にて行われている監査などと同様である。
今の世界は誤解と噂と中傷、嘘の情報、軽率な判断とそこから生じる結果などから混沌とした環境になっているではないかと感じるこの頃である。

  論評続・・・

 

 
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2021年08月09日

人間としての正しい生き方

 世に多くある話ですが、実に薄っぺらい思考と何となくマスごみに流され浮薄に生きている人の多さに明日の人類の在り方に危機感を持ってしまうこの頃です。
 真偽のいかがわしい報道をそのままの形で受け止めてしまっている様を見るたびに正しい知識の習得がなされているのかと疑問に思ってしまうのです。
 知識不足は罪なのです。知らないという事がどれほど周りに悪影響をおよぼすかを知らなければならないのです。
何故報道をそのままの形で信じてしまっているのか、なぜ嘘を見抜けないのか それは各個々人の教養のなさから現われているのです。
 教養とは学歴でも暗記力でもなく論理的かつ科学的な視点と豊かな人間性 そして報道内容などの判断は
真の人間としての生き方の本質をどう捉えているかによって、真偽に関してある程度正解が導かれるものだと思う。

 王陽明はまず私心、私利私欲がない状態を保っていることが真の人間であるための入り口なのである。としている

その観点から物事を見てみるといかに「私利私欲」にまみれた社会になっているのか知ることになります。政界しかり財界しかりそして教育界に至るまでその欲を軸に動いていると思わざるを得ないのであります。




posted by 筆文字や隆庵 at 15:29| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月06日

国難に対しての態度

 世界を覆う「コロナ禍」に対して、どのように考えたらいいのか。
 国難の時こそ公と私の関係について思慮してみたいと思います。前提として次の事が言えます

 公の決断や施策に比して私たち私人はその決断の制約を受けるわけですが、その際に重要な事は公のリーダーが苦慮し発信した内容に関してまずは理解を示すことだと思うのです。何故ならそうした公の立場には私たちはなっていないという事ですからね・・・
 一方において冷静な判断は私達にも委ねられており、少なくともデータとして発信されている事柄は理解しておきたいし、それらを報道しないマスコミの態度や政治家の言動といった公に近い方たちの意見の真偽を図るだけの理論武装は必要だと感じています。

 物事には真実とその真実が不都合な方たちによってねじまげられた真実もどきがあるという事を今回の「コロナ」騒ぎに見ることが出来、同時にオリンピック反対運動の概要がネットによって明らかになっていったようです。
 世界の中の日本という事を考えるとコロナ感染者は米国の10ぶんの1 にすぎず、その米国ではすでにマスクすらしていない環境で大谷選手の試合観戦者が27,000人という事に何らコメントも発しないマスコミって一体何なのでしょうか、よーく考えたら不思議ですよね。

 オリンピック無観客だけど夏の甲子園はお客をいれるのだそうです
 今でも人数制限ありとはいえプロ野球は有観客・・・
 
陽性者を感染者という誤解を招くような発表
世界一の病床をもちながら医療崩壊という医師会・・・この2年間一体何をしてきたんだといいたくなるような専門家助言集団等々

 と、立腹しても修正はしないだろうというあきらめの心境 政府も自治体もマスコミも信頼できないのだといった雰囲気づくりこそが実は大問題なのかもしれないですね
 人間のコントロール、マインドコントロールの恐ろしさは昔も今も変わらないのです。

厭世主義者を数多く生み出していこうとする動きの果てにはなにがあるのか・・独裁政治? カルト宗教? 

 正しく物事を考える習慣をもとう
posted by 筆文字や隆庵 at 12:26| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月05日

物理学の法則が人の心にも働いている

 普段はあまり気にならない現象も突き詰めればある一定の法則下によっているわけで突発的な事態と思われていることも実は必然なのである。
何事においても「原因結果の法則」がつきまとって、すべての結果には原因があるのです。
 別の言葉でも「動・反動」「作用反作用」と呼ばれているのは同じ事であります。

 最近はやりの言葉で「ブーメラン」とも言われてますね。どんなブーメランを投げるかが重要でありそのブーメランがそっくり帰ってくるのであるという事を知らなければならないのです。

 他人を貶めたり非難する言動を発するとその通りのものが帰っていきます。こんな事例は枚挙にいとまがないですね、
 お釈迦様は因果応報、キリストはまいた種子が生えるとおっしゃっている。
 因果律、黄金律ともよばれている「人生幸福の法則」なのです

 だから自分が幸福になりたかったらまず他者を幸福にしなさいというのは真理です。

 

posted by 筆文字や隆庵 at 11:11| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする