2021年08月26日

幸せに至る道

 幸せの状態とは一体どんな状態のなにをもって言うのであろうか?
蓋然性のあるもの、いわゆる誰にでも当てはまるといった類の概念では説明できないかもしれない
あくまでも「個人の価値観」に大きく影響を受けるものであって人それぞれだよね・・といった意見が大半を占めるのであろう。
 普遍的ではないという事は各人の生まれてきた環境や思想や習慣によってある意味後天的な価値観の上にその幸福感の位置づけが決まるという風に考えることができよう

 しかし、本来は自分の心が(まさしく善そのものの限りなく本来の資質)どうとらえているかによって心の奥底にある感じ方が変わってくるという事を意外と知る人は少ないのであります。

 不幸になりたいと思っている人はいない、生きている以上は幸せでありたいと当たり前に思う
 でもそういう人に聞いてみると幸せな状態とは経済的に豊かでありたいと思い金もちになることこそが幸せであるという
 そうなるためにはいい学校に行き、いい会社に就職、もしくは特別な職業について金もうけできる環境を手に入れる事だという
 本当にそうなのか・・・・・

またある人次のようにいう、「楽あれば苦があり、苦がありて楽あり」だから楽のために、苦を乗り越える必要があるから日々の苦しい努力をするのである。
 仏教では四苦八苦といって苦行の先に浄土があるので今世で苦しむのは来世の楽園のためにの修行をするのだという。

 少し話がそれましたが、今の世の中物質的に恵まれていたら幸せなのだということが定説になっているようです。国民総生産が多いとか少ないとかで国力が計られているのも、金持ちがいかにも優良な人として社会から認められているのも、逆に疎まれているのも、うらやましがられているのもその「物質至上主義」のなせる業でしょう

 しかし、それが本来の幸福だと中々納得していない人が多いのも一方では事実なのである。
 設けることなど眼中にない芸術家にとって金銭など二の次だという話もよく聞くし、自らの損得を除外してまでも人々のために身を粉にする人々もいるのである。
 
 人類社会の始まりから今日までこれら「幸福」に関しての論議は様々な人々の中で進められ様々な意見があったように思うのであるが真実に近い考えとはどういったものであろうか人類の歴史上最大のベストセラーといわれている「聖書」※ 旧約・新約それぞれの内容、仏陀が説かれたという仏典の数々、はたまたイスラム教の経典「コーラン」2000年前に存在した「孔子」の論語はじめ中国古典等、ひも解けば壮大な資料が存在している。生き方についていかに多くの人々が関心を持っていたかを表しているのがこれらの書物であり預言書である。

 私達人類は「幸せとは何か」という課題に関して真の解答を得るために生きているといっても過言ではないかもしれない。それくらい受け取り方が千差万別であろう。

 ただ、いろんな意見があるとは言いながら各人がおかれている環境については聖人か否かに関係なく共通に発生する現象というものがある。それは、過去の人々も現在の人々も未来の人々にも生老病死は避けられないという現実があるという事。これだけは紛れもなく誰にでも訪れる現象であるという事を前提に、「幸せ」について今一度考えよう・・・

 




 




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2021年08月24日

四書・・「大学」

 いま、本質を見極めるとき

くだらない人物を使って、国家を治めるならば天災や失政の害がしきりにやってくる

四書の一つに「大学」がある紀元430年頃、宋の朱熹によって文章化されたといわれている。
くだらない人物とは私利私欲にかられた小人物、その小人物が人の上に立つと 国家は自ずから滅亡の坂を転落していく
という事である。

毎日毎日流されている情報を鑑みるに明日の日本は大丈夫かと悲観することばかり・・
紀元400年ごろから、もっとさかのぼれば孔子の時代からこんな私利私欲にかられた輩が重要なポジションにいたことが
伺える、まあ懲りないのは「人間」ということなのか・・・

確かな理念を持ちつつ現実処理の為の方針を立て、かつ問題処理の技術を習得している政治組織の誕生を待つしかないのであろうか

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2021年08月23日

才能湧現の実現

 誰もが大きな智慧能力も持っている。それは潜在意識層に存在している、意識は全体の10%だけ表面に現われ残りの90%は潜在しているのであります。
 実は人の運命を左右するのはその層にあるわけで実は活用されるのを待っているのです。

 その力を発揮させるにはいくつかの条件があるのではと先人たちは様々に工夫し実践したのであります。
この能力を発揮させるために必要なものの一つには、危機があります。その危機に対応するために隠れていた能力が出てくるという事です。
「火事場のクソ力」とでもいうのでしょうか。よく聞く話ではありますがこんな環境に遭遇しなければならないという事には無理があります。できれば平和な環境の中でも発揮できる方法がいいと思いますよね・・

 緊急時をあえて作ろうとしたら明確な目標設定に期限を設け時間的に追い詰めることによって危機を演出することが出来るかもしれませんが、何らかの大きなプロジェクト等を抱えている場合などはそんな環境に知らず知らずになっているのかもね
いずれにしても一般的には難しい話です

 最も効果的なのはリラックス時間をとるという事です・・ヨガや瞑想によるリラクゼーションが隠れた能力やアイディアを涌現させてくれるという説があります、ある課題を解決するために精神を集中させ極限まで意識を緊張させた後の ふっと一息した時にに発想出来るという場合があります。その「ふっと一息ついた」状態がリラクゼーションの体感という事になるのでしょうが、リラックス・状態に入る前に強く問題解決の方法に関しての情報は意識の中に投入しておくといった明確な「目的意識」を持っていないとだめなのですが、漠然としていたら漠然とインスピレーションがあるだけです・・・
 明確な目的意識が先ず必要であるという事を忘れてはならないのです。

祈りといった行為も明確にしたうえでアリアリと心に画像を作るというのが本当なのですがそれ以前に心の錆を落とす。つまりは自己分析というべき反省という行為が必要となります。
 祈りという行為は潜在意識層への働きになりますし、実はその世界は空間や時間を超越した次元の異なる階層であるので天使や悪魔の回遊しているため注意は必要であります。
 この概念は後日詳細を説明したいと考えています。



posted by 筆文字や隆庵 at 12:58| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月22日

他人と比べる生き方について

優越感と劣等感のはざまに心が揺れている間はいつまでたっても心が休まることはない
 
いつも不平不満が心の中にある状態がそれである、つまり心の安らぎを求めて生きている私たちにとっては

不幸な事なのである

 優越感も劣等感も実は同じ心理状況であることを知る人は少ない 
 同じ心の領域から発信されている感情なのである。

それは、常に他と自分を比較している心でありシーソーの様に上下し、都度心の安らぎを失っている

 「不平不満の根っこ」自分さえ良ければいいという心に繋がり本来「善」そのものである自分の心をいため
 重ぐるしいオーラを発し、周りの人々を巻き込み不幸の種子を播く

 不幸の種子は心の中にて増殖され益々負のスパイラルに入り込んでいく(循環の法則の働き・仏教でいうところの業)

 そのスパイラルを断ち切るには反省しかないのである(仏教でいうところの止観・キリスト教では懺悔という)

 反省こそが心の汚れを取り去る手段であることを知れ
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2021年08月20日

今、何をすればいいの?

 今の世の中恥ずかしいことではあるが わがまま 見栄っ張り 中傷 競争心が強い 他人が気になる 自分に注意を引き付ける 自己本位 等自分中心の自己顕示欲の強い人が大変多い。政治不信 戦争 企業倒産 家庭崩壊 教育の乱れ 殺人 等自己顕示欲の強いひとによって引き起こされている数々の出来事といえる。
 また、そこまででなくとも愚痴や不平不満を言う人も多い。
これらの人々は、自分の欲望が満たされない人や努力の足りない人に見られる現象である。何が正しく,
何が間違いかを深く考えもせず、誰誰が言っただとか、自分もそのように思うからなどと物事の判断や決断の基準が自分本位にあり、そういったことが現代の世相を作り出したといえるだろう。

 なぜ いま判断基準を誤った不祥事が表面化しているのだろうか、多くの殺人事件や天変地異は何を物語っているのだろうか

政治行政面 会社運営面 家庭教育面 学校経営面など各方面において重大なことがおこっている。
 なぜだろう・・・
これらは、自然の流れに逆らったからである。自然はすべて相関関係にある たすけあい 補い合い 持ちつ持たれつの関係にある。
 自己本位にやりたい放題やってきたそんな人間に対して自然は形を変え警告を発しているといえるだろう。
その事に気が付いている者だけでも(たとえ少数であったとしても)いま何を考えなにをすればいいのか できることから実践しよう。各方面で起こっている元は吾々各人の考え方の問題である。
 だから我々は本来の自分にを取り戻さなければならない。これからは自然の流れに合ったこと つまり正しいことは発展し続け間違ったことは厳しい環境をおのずからつくり上げることになるであろう。
 現代ほど自然の法則 原理原則 人間の正しい生き方を問われる時はない。各方面の指導者が自然の法則をよく理解し人間の正しい生き方をしなければ破滅への道を歩むことになるだろう。
このことは国や地域といった地理的環境や、時代という時間的環境に関わらずすべての生きとし生けるものに作用している自然の摂理であることを理解したうえで、次の3点の実践をすすめる

1. 心を丸く豊かにする・・・想像は創造のはじまり、物事はまず心にその形を作るのである。本来心は丸く豊かなものであるから自分のみぞおちあたりに心を丸く(黄金に輝く光の玉のように)描く。そうすれば冷静に物事の判断ができる。心の乱れは行動の乱れに連なり言葉の乱れ、服装の乱れ、部屋の乱れに・・などを作る。 正しい判断のためにまず心を丸くしよう。

2. すべてに感謝をする・・・いま自分があるのは 自然 両親 家族 夫 妻 師 友人知人 仕事 病気 などのおかげであるから全てに感謝をする。

3. 返事は「はいっ」とする・・・拝という尊重 敬意を表す「はい」である。「ハイ」という言葉の響きはなんと素晴らしいものであるかを知り常に感謝の言葉と思う。 職場を活気づけ家庭の明るさをつくり、特に夫婦間のそれは素直な子供を作り 職場では規律正しい環境をつくり上げるのである。

 以上3点に関して提案したい。


  ※この文章は今から30年ほど前に熊澤次郎 著 機関紙「地行合一」より抜粋

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2021年08月18日

ゴールの見えないレース

 マラソンの選手はスタート時点から42.195キロ走ったらゴールだ。という事を知っているから苦しい中走ることが出来ます。
100m.先にゴールテープがあるから走ることが可能になります。物事はすべからくとりあえずのゴールが設定されているからこそ頑張れると思うのですがいかが?

 会社の決算も確定申告も同じ、学校生活も同じ・・・

なのに「コロナ感染に関する緊急事態宣言」だけは次々とゴールポストが変化していく。いい加減国民が幻滅していくのは目に見えている。
 もともとどういう風に数値が達成できればいいのかわからない。数々の情報を見ると厚生労働省のHPではほとんどの感染者は軽症傾向にあるとしている。そして「ワクチン接種」も着々進んでいる・・陽性者は増えても重症者は増えていないし死者数も減少し一日平均1から2名とのこと
これらのデータに関して何の説明もない「専門家会議」?※なんの専門家 など不要であるとは思いませんか、
 いつも思うのですが感染者数(陽性者数)は発症者数ではないという事なのにこの数だけを問題にするという動き、ワクチンは何のためにうったのか?
 いつも国民に付けを回している専門家会議、現状のありようは今までの物差しだと効果がないという事の証明だしそもそもの問題解決方法が間違っていたということなのにそれにきがついているのかいと問いたい。
先日の報道では平均寿命が延びているという事を言っていた。という事はコロナ禍の中で死者が少ないという事だろう。

 次に世界の中での日本という観察力の欠如、参考にすらならない。対応策が個人への訴えしかないという現実を嘆きデパ地下が発症元だといわんばかりの意見。ばかばかしくってはなしにならん

 何らかの力学が働いているとしか思えなくなったというのが本日の本音なのだ

 乱文にて意見す

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2021年08月15日

考えることをしない人生

 日々の暮らしの中で物事を考える習慣がないと、いたずらに周りの情報にひきずられていきます。具体的にはまずテレビを中心とするマスコミであり、近所の噂話であり、各人の思い込みであったりと上滑りの情報に惑わされていくのです。
 また、職場に於いての情報もしかり上司が、同僚がこういったとかこうしたとかで大きく変化してしまう。
そこに、自分が考えていないとただ周りに流され、貴重な人生の一コマを無駄にしているような気がします。だから、自分の目標を明確に設定しそれに向かって努力せよと日々自らに訴えているわけです。

 今、世間は反日とも反政府ともいわれるような活動家の跋扈を許しています。彼らの言い分をつぶさに分析していくという、考えることをしていけばいかにバカバカしいことを論じているかがわかるはずです。

日本人の矜持に期待しています。

 マスコミの流す情報などに瑕疵がないか、よく考えましょう。

posted by 筆文字や隆庵 at 20:00| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月12日

価値ある財産

 物質至上主義とは金持ちが一番偉いと錯覚させる社会
この主義がはびこるとすべてのゴールが金やものとなってくるのであります。そうするとどうなるか、社会に於ける為すべきことの優先順位が限られた物質の争奪戦となるわけですから、とるとられるの弱肉強食の世界が繰り広げられるのです。

 それは野生動物の世界のそれとは異なりまさしく「餓鬼道」という地獄の世界。利己主義オンリーの世界の創出となるのであり、少なくとも足ることを知っていて必要以上に他者を(他の動物)を襲わない肉食動物以下の暮らしを良しとする世界が出来上がってしまった感があります。
 
他者を慮り、平和を求める手段としての物質ならまだよいが全く自らの「栄耀栄華」のためにのみ自らの存在価値を求めてしまっているのがいわゆる指導者層とよばれる人たちの性なのでしょう。
 だから、学歴が必要とばかり受験戦争という名の競争に勝ち抜くことが先ずの目標となり学閥を利用することによって出世街道を開き、あるものは官僚の道、あるものは経済界へ正解へ、そして医療の世界、教育界へとエリートの道を歩んでいこうと画策しそのように一家総出で応援するという図式が出来上がっているような気がしています。

そうした薄っぺらい人生設計の中から生まれた指導者層が一体どんな世界を作ったか考えてみたいと思う。
 国内情勢は、国を治める舞台で幼稚園での発表会が、行われているのではないかと疑いたくなるような、政治の貧困
経済面においては如何に働かないで儲けようかといった風潮によって、簡単な投資、FXやマルチ商法等の根無し草のような経済活動がはびこり
 会社の不正義や不祥事、大企業の粉飾決算など恥ずべき内容の列挙、日本の近代化を推進してきた「渋沢栄一翁」の嘆きが聞こえてきそうです。
 社会生活面でも人間の尊い命を平気で奪い、金品を強奪したり親殺し、子殺し等地獄の様相さながらの行為が日夜ニュースとなっている。

 他国に手も同様なことが起きている現状を見るにつけマス・メディアのあおりも当然かと思う次第である。
 過去から現在に至るまでのそれぞれの思考や行為を反省し修正しなければならない時期に来ていると痛感している今日この頃ではあります。

 まずは身近な目の前の世界を修正しようと日々行動していこう。自己の確立と家族の平和そして自分が所属している組織の調和のためにまずは「利己主義」から脱していこう・・・




posted by 筆文字や隆庵 at 18:15| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月11日

日々の心の整理

 周りから入ってくる情報に心を奪われるとろくなことにはならない。いつからか人はほっておけば「マイナス思考」に毒され、本来丸く豊かな心に傷をつけて生活しているように思うのである。

 もともとマスコミというのは「てえへんだ、てえへんだ」と騒ぎ人心を引き付けて商売しているのだなと、時代劇の「かわらばんや」を見ていて妙に納得するのである。
 そこにあるのは人の俗物的感情を呼び起こし、知るべき事 つまり原理原則を度外視して繰り広げられるよまいごとにいかに人が影響されるかを教えてくれているようにも思う。
 ここに、真の学問の必要性があるのである。
元来 人は完全善であり悪と見える現象はその完全なる善が埋もれていてまだ表面に出る事のない消極的な状態をいうのである。つまりは俗物的感情も独善も利己主義もすべては後天的なものであり、本来の自分はそんなものに振り回されることの愚かさを知っているはずなのである。
 その本来絶対善である自分との対話こそが大切であり、毎日時間をとって心の整理をするべきだと思う。
心を動かしている一つ一つの事例をあげ、○○についてどう思うかと自問自答していこう。

 心の中の自分に問いかけながら○○についての意見を整えていく作業を自己診断という。企業にて行われている監査などと同様である。
今の世界は誤解と噂と中傷、嘘の情報、軽率な判断とそこから生じる結果などから混沌とした環境になっているではないかと感じるこの頃である。

  論評続・・・

 

 
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2021年08月09日

人間としての正しい生き方

 世に多くある話ですが、実に薄っぺらい思考と何となくマスごみに流され浮薄に生きている人の多さに明日の人類の在り方に危機感を持ってしまうこの頃です。
 真偽のいかがわしい報道をそのままの形で受け止めてしまっている様を見るたびに正しい知識の習得がなされているのかと疑問に思ってしまうのです。
 知識不足は罪なのです。知らないという事がどれほど周りに悪影響をおよぼすかを知らなければならないのです。
何故報道をそのままの形で信じてしまっているのか、なぜ嘘を見抜けないのか それは各個々人の教養のなさから現われているのです。
 教養とは学歴でも暗記力でもなく論理的かつ科学的な視点と豊かな人間性 そして報道内容などの判断は
真の人間としての生き方の本質をどう捉えているかによって、真偽に関してある程度正解が導かれるものだと思う。

 王陽明はまず私心、私利私欲がない状態を保っていることが真の人間であるための入り口なのである。としている

その観点から物事を見てみるといかに「私利私欲」にまみれた社会になっているのか知ることになります。政界しかり財界しかりそして教育界に至るまでその欲を軸に動いていると思わざるを得ないのであります。




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2021年08月06日

国難に対しての態度

 世界を覆う「コロナ禍」に対して、どのように考えたらいいのか。
 国難の時こそ公と私の関係について思慮してみたいと思います。前提として次の事が言えます

 公の決断や施策に比して私たち私人はその決断の制約を受けるわけですが、その際に重要な事は公のリーダーが苦慮し発信した内容に関してまずは理解を示すことだと思うのです。何故ならそうした公の立場には私たちはなっていないという事ですからね・・・
 一方において冷静な判断は私達にも委ねられており、少なくともデータとして発信されている事柄は理解しておきたいし、それらを報道しないマスコミの態度や政治家の言動といった公に近い方たちの意見の真偽を図るだけの理論武装は必要だと感じています。

 物事には真実とその真実が不都合な方たちによってねじまげられた真実もどきがあるという事を今回の「コロナ」騒ぎに見ることが出来、同時にオリンピック反対運動の概要がネットによって明らかになっていったようです。
 世界の中の日本という事を考えるとコロナ感染者は米国の10ぶんの1 にすぎず、その米国ではすでにマスクすらしていない環境で大谷選手の試合観戦者が27,000人という事に何らコメントも発しないマスコミって一体何なのでしょうか、よーく考えたら不思議ですよね。

 オリンピック無観客だけど夏の甲子園はお客をいれるのだそうです
 今でも人数制限ありとはいえプロ野球は有観客・・・
 
陽性者を感染者という誤解を招くような発表
世界一の病床をもちながら医療崩壊という医師会・・・この2年間一体何をしてきたんだといいたくなるような専門家助言集団等々

 と、立腹しても修正はしないだろうというあきらめの心境 政府も自治体もマスコミも信頼できないのだといった雰囲気づくりこそが実は大問題なのかもしれないですね
 人間のコントロール、マインドコントロールの恐ろしさは昔も今も変わらないのです。

厭世主義者を数多く生み出していこうとする動きの果てにはなにがあるのか・・独裁政治? カルト宗教? 

 正しく物事を考える習慣をもとう
posted by 筆文字や隆庵 at 12:26| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月05日

物理学の法則が人の心にも働いている

 普段はあまり気にならない現象も突き詰めればある一定の法則下によっているわけで突発的な事態と思われていることも実は必然なのである。
何事においても「原因結果の法則」がつきまとって、すべての結果には原因があるのです。
 別の言葉でも「動・反動」「作用反作用」と呼ばれているのは同じ事であります。

 最近はやりの言葉で「ブーメラン」とも言われてますね。どんなブーメランを投げるかが重要でありそのブーメランがそっくり帰ってくるのであるという事を知らなければならないのです。

 他人を貶めたり非難する言動を発するとその通りのものが帰っていきます。こんな事例は枚挙にいとまがないですね、
 お釈迦様は因果応報、キリストはまいた種子が生えるとおっしゃっている。
 因果律、黄金律ともよばれている「人生幸福の法則」なのです

 だから自分が幸福になりたかったらまず他者を幸福にしなさいというのは真理です。

 

posted by 筆文字や隆庵 at 11:11| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月02日

自分の周りに集まってくる問題

 多くの問題が私たちの周りに発生しています。その問題は誰が引き寄せたかというと、個人的な問題に関してはすべてが自分が呼び込んでいることだし、特に身近にある家庭の問題も親子夫婦の問題もその顕著な表れなのです。
 それらの問題の原因を追究していけば必ず自分の行動が原因となっているし、行動が原因とした場合はその行動を起こした自分の思いがそこにあったわけです。

 思うことの前に行動はないという事を確認しなければならないのです。
「先思後動」人は思いがあって行動につながっているわけです
 反論としては世界各地で起こっている問題 国内で起こっている問題も自分に関係しているとでもいうのか、と・・・
それにはどのような我々の思いが関係しているのかと・・・

 ここで「潜在意識」という理を説明しなければならないでしょう。
人々には・・・いやすべての物にはそれぞれの物理現象とその現象を司っている法則があるのです。それを「宇宙の法則」とでもいいましょうか、その法則には類は類によって集まり、原因結果の法則にコントロールされているという事を知らなければならないのであって悪い結果、現象というのは自然に逆らった分だけその反作用が起きるという事です。

では、現状のコロナ感染の問題の原因は何なのでしょうか。そのルーツを地理的問題から鑑みるとそこには中国武漢という地名が浮かんできます。昨年初期に映像にて報道されていた画像をみるとバタバタと人が倒れ、病院が大混乱している姿がテレビを通じて情報発信されてました。
 それから瞬く間に全世界に蔓延していき多くの被害をこうむっていったという事はすでに承知のことです。これらの画像が深く人々の潜在意識に入り込み無意識のうちに「恐怖」を植えつけられたのです。

 潜在意識には善や悪といったものは関係なく取り込み、現実化していく力を持っているのですから全世界の人々の中に巣くっていきました。
そこで、その理屈を知っている人はその潜在意識の在り方を悪用したり、逆に理を説明し人々の行動を善に持っていけるよう促したりしているのが2年たった今でも相対的に存在しているわけです。

 正しい情報を知り正しい行動に移すことが出来れば問題はないのですが、それには各種のデータを時系列的に見ていくことが必要でありそのデータこそが専門家と称する方たちの不都合とも思える言動の中身のまずさを理解できるの資料なのに、多くの方たちの集団意識は間違った世論として政治的な動きを制約しているわけで、その世論を積極的に誘導しているのが「マスごみ」といわれる低能集団であることにだんだんと気が付いてきているとはおもうものの、まだまだ「マスコミの洗脳」からは解放されていないものと考えられます。

といった具合にこの混乱の原因もやはり個人の思考傾向が作っているといわざるを得ません。

 「ゼロコロナ」などという事はあり得ないという事を知っていながら、そのことに関しての説得もしない政府や専門家。自分さえ良ければいいといった自然の法則に逆らった現象にはやくピリオドを打たなくては日本そのものの「弱体化」は避けられないと思うのです。

 過去の経験則に照らして集団免疫の傾向というのがわかるはずなのに、そのことを論じている専門家をテレビから除外しているのは一体だれか、それはなぜか・・・・・

posted by 筆文字や隆庵 at 00:40| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月30日

信用のできない人達

 多くの方たちが様々な情報を届けてくれる。本来ならば誰誰が言ったという観点からではなく何があったか、正しさとは何かという観点からその情報の真偽を判断するのですが、この場合の客観的事実を知るにはやはり数値や直に接した現場の形などによって確認される。いわゆる「エビデンス」「証拠の品」というものでありそれぞれの信ぴょう性が問われるのである。

 現代のマスコミの情報がいかに間違っているかは、SNS インターネットの普及によって真実かどうかのチェックが容易になってきている。
従来のような一般の方たちに伏せられていた世界が今白日の下に晒されている環境が出来つつある。
毎日のようにネガティブな情報を提供してくれるワイドショーも最近は五輪騒動でまずまず不愉快さは薄れてきたが、ちゃっかりと「コロナ感染者が増えて怖いぞー」とテロップで流すのが気になるところ。

 先日東京都が感染者増ではあるものの重症者、死者とも減少状態だからマスコミも必要以上にあおらないようにと告知してましたが。早速立民の何がしという議員様が東京都の発表は虚偽であり実際は重症者は10倍ほどあると発言しているが、ならば死者も10倍くらいになっていないとおかしいがそうはなっていないではないかとSNS上で反論されていた・・・

 もともとこの議員様は変な発言で炎上しているので、そもそも信じられないというのがいきわたっています。その他ダブスタ発言が通例となっている著名人やエビデンスの不確実な公的発言の自治体、政府、誰も信じていないかを表しているのが「緊急事態」なのに増えているコロナ感染者数が物語っているではないか、既存メディアも信用ならんという事はネット民の間の共通認識になっている。

 いずれにしても普段の言動から真偽のほどを判断してしまうというのが世の常である。

くれぐれも「オオカミ少年」に注意しようではないか・・・
posted by 筆文字や隆庵 at 09:17| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月28日

知性の欠如

 物事を判断するに必要な事として民間企業経営の手法を取り入れればいいのにそのことをないがしろにして政策等立案する「官僚」諸氏に対して進言したいと思う。
 基本となる考え方の元になる理念とはなにか・・・企業ならば自らの存在のために守るべき大綱の事でありおおよそ宣言文として多くの会社は行動指針として位置付けている。我々は一体何者なのかという事を内外に訴求すべき項目なのである。まともな企業には必ずこの理念を持ち、守ろうとする。

 この理念は哲学でもあり、物事を推し進めるために外してはいけない概念であろう
次にこの「理念・哲学」を死守するために具体的な方針【企業経営方針】を決め込んでいきそれは具体的な形として表現されるべきものである。

 ここで重要なポイントは経営を取り巻く環境情報を正確に的確に収集し「今、どうなっているのか」「なぜ、こうなっているのか」という項目を理解することにある。自らの理念を実現していくためには現状の環境下においてなすべ項目を列挙し、問題を解決するための経営資源をどのように配分しどのように行動計画を作成するかを決めていくこと。【戦略】という。

 この重要なポイントである情報の収集・把握といったことをまず実施しなければならない。
という事は最低限の知性を持ち、論理的な背景を踏まえてトレンドを掴まなければ、当然その判断の 方向が間違うという事になり結果として本質、つまりは理念の実現、経営方針の未達成につながりかねないのである。

 官僚は当然「国益」に適う政策立案という理念実現にその能力を傾けなければならないと思う。
 残念ながら、小生には官僚諸氏が「国益」を優先的にしているようには思えないし、ましてや政治家においてをやであり。実業家、資産家それぞれも「自分第一」といった全く無責任な状況となっていると嘆く次第である。

 一方「国民」においても嘘つきマスコミの情報操作になんら疑いもなく踊らされている様を見るにつけ、賢く、正直な国民故の真面目な対応に危機感を感じるものである。今回の「コロナ禍」も毎日マスコミはあおっているが。厚労省発表の数値の感染者の報道ばかりで国民を脅しているのである。感染者増だが死者減少の傾向に関しての報道、コメントともなく、全く目隠し状態に国民を追いやっているような状況である。
 国も自治体もこのマスコミ・悪意ある報道に踊らされている感がありありとみて取れます。

 なにか裏があるように思ってしまう。
スマホで厚労省のホームページ閲覧できるのでコロナ関係のデータ確認すべきである。

https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html
posted by 筆文字や隆庵 at 09:11| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月27日

煽りのマスコミ

 東京で過去最多に近いコロナ感染者などと相も変わらず煽るのが好きですね、というより全体像に関して何も報道しない姿勢はマスコミが不要であることの証明。
 7月26日現在の厚労省発表の「コロナ情報」から私がまとめてみました。
2021年2月17日から7月26日までのデータから
 
         感染者数   死者数     一日平均死者数

2/17〜3/15     7247     406        15.6

3/16〜4/15     12530     239         7.9

4/16〜5/15     22583     123         4.1

5/16〜6/1     9729      111 6.9

6/2 〜7/1     13181     174         5.8

7/2〜7/26     26113     41         1.5


ワクチンが進んできた7月の状況は、はっきり死者の現象を表している。という事は重症者も減っているという事
感染者の大半が若年層であるという事は回復力がある方たちだという事でそんなに大騒ぎすることではないという事
このままの報道姿勢を取り続けても何の意味もないことを知らなければならないし、「ワクチン」の存在が計画通りの動きであるとという事を政府の公式発表としてほしいものですね、このままでは永遠に「緊急事態」ということになりますよ。



posted by 筆文字や隆庵 at 18:17| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月22日

正しい生き方について

 この世に生きている以上すべての物質、動物 植物 鉱物のすべてには各々の役割というものがありそれぞれが単独で存在しえない環境にあるのです。太古の時代から今日までそれは永遠という名のサイクルによって相互関係の中に安定しているといえます。
 人をはじめとする動物は酸素を取り入れ二酸化酸素を排出する、植物は二酸化炭素を取り入れ酸素を吐き出す。この循環があるからお互いに共存できるし、太陽の熱光や放射エネルギーによってつれまわっている惑星の存在に関与しています。水という鉱物はある時は水蒸気となって温度調整に力を発揮し、ときとして飲み水にまたあめや雪となって大地の養分となり微生物を育みます。また太古に存在した恐竜や様々な廃棄物は現代の人間のエネルギー原として土中にまた海底に存在しているのです。

こうしてみたとき私たち人間の存在はいかなるものでしょうか

そこに仕事という事を考えざるを得ません。ここで述する仕事の定義は単なる経済的報酬を得るための行為にとどまらず人としての役割がそれぞれどこにあるのかを考えるという事です。昨今様々な報道の中には男女の差を失くそうといった「ジェンダー運動」なるものがクローズアップされていて女性の地位向上などの話が多々あり、政治活動にまで持ち込んできています。そもそも男女が人として平等なのは当たり前として昔は男尊女卑などといった話がまことしやかに伝えられておりあたかも女子が虐げられていたかの如く言われますが果たしてそうだったんでしょうか?

 表面的で声の大きいマジョリティの意見がさも全体の意見のように思わせるような報道の仕方にも問題があるのですが、そもそも肉体的に男女はその機能そのものが異なっているわけで当然「役割」も違ってくるのは当然な事です。確かに優秀な女性も数多くあり実社会において強いリーダーシップを発揮している場合も少なくありませんが、その方たちは女性だからという事ではなく役割をこなせる実力があった人間であるという事にすぎないと思うわけで万人がそうではないでしょう、このことは男女という性に関わりなくです。
 仕事というものの本質はなによりも環境の調和が目的であってそのことが生活の調和をもたらし平和な暮らしを実現していくのです。
また、仕事に関してのもう一つの側面を忘れてはなりません。それは仕事を通して己の「人格向上」を果たすという事です。人生の目的と使命はこの「人格陶冶」と「世界平和」の実現という事に収斂されていくという事を忘れてはならないのです。職業に貴賤なしとはこれらの目的に沿ったものという前提からいえる言葉なのです。

 卑しい仕事とは、嘘で塗られたもの、自分さえ良ければいいという欲望にほんろうされたもの、社会そのものに悪影響をあたえるものなどよーく考えてみたいと思います。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:01| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする