2020年11月30日

業種・業態・・・別の切り口

レストランチェーン、居酒屋チェーンが全国各地に出現したように一方では低価格路線を突き進んでいくファストフーズ一団の存在がクローズアップされていく。
ある意味において消費者にとっての利便性を徹底的に追求していった形づくり、むしろ物販店の様相を模した業態であろうと考えられます。
 テーブルサービスが余儀なくされているレストランや居酒屋とははっきりと区分けされ最小限のマナーと接客態度を死守し商品力を第一義に考えられたスタイルを確立していったのです。
 当然商品は単品にならざるを得ないのですが、単品なるが故の研究を徹底し食材の開発にはじまるマーチャンダイジングは煩雑なレストラン、居酒屋と異なり効率の高いものとなっていったのです。しかしながら、成功の原因である「単品力の向上」は一方において企業間の模倣の繰り返しによって同質化現象を引き起こしていくのはチェーンレストラン等と同様の結果を招いていき、結果として立地以外の差別化が出来にくくなっていきます。
 さて、立地に関しての論点は人々のライフスタイルの在り方、その変遷や働く環境の変化、産業構造の変化などの外的な様相とそれに伴う交通網の変化によって立地の特性は大きく変動していくものだという事をまず考えなければなりません。
 ライフスタイルに関しては私たちの生活環境がどのように変わっていったかをみなければなりません。それには大きく産業構造の変革に起因しており、その変革に付随して様々な要因が派生していきます。モノが不足していた時代からモノ余りの時代といわれている昨今の様相を考えると一律一様なニーズというものはもはや存在してません。一部コモディティ商品は便利さと価格がポイントなんでしょうが 自らのライフスタイルと照合しながらのモノに対してのニーズは多様であります。

 食に関して立地との相関関係を考えてみる時、特筆すべき環境はまずはランチ時間でしょう。お昼に何をどう食べようかとしたときに多くの人々がその時間帯にどこに位置しているか地理的環境が先ずあります、地理的環境とは即ち「どこで食べようか」といった決断をしなければなりませんね その時のシチュエーションに関係するのが「誰と」なのか「一人で」なのか、その誰かとはどういう関係性を持っている「誰か」によっても決断の基準は変わっていきます。次にこのシチュエーションの場合に「何を」食べるのかという判断が必要ですね、じゃあ予算は、支払いの方法は等、また誰かとという時に何人なのかという観点も考慮すべき点ですね・・さように昼の食事一つにもこれだけ判断しなければならないのです・・・描いてみると結構な作業のようですがこれらのことを一瞬の時間で判断するわけです。その判断する時間帯にどこにいるのかどの立地が良いのかを前もって仕掛けておくのがお店の作戦であり、お店のレゾンデートルの在り方を決定する要素です。
 この思考はお店を出す時に欠かせない出店者の仕事なのですが、どういった使われ方をしてほしいかを明確にしているお店って意外と少ないもんです。
 いずれにしても立地と商品、価格、店舗の規模・・
様々な要素が絡み合った中でお客様の選択肢の中に存在することが大事なのは当然であります。判断すべきあなたにとっての店選びの優先順位は何ですか?
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 急にたべたくなるとき、ショッピングセンター便利ですね



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2020年11月24日

居酒屋の話

居酒屋は元々江戸時代の酒屋が付加価値サービスとして一杯ずつ酒を提供するという事から始まったといわれています。江戸は中心的大都市だったせいか地方から次男や三男が職を求めて集まってきたともいわれており極端に独身男子が多かったのだという事で、遊郭や飲み屋などの発展がなされたのではないのかと思われるのです。
 さて、その居酒屋(飲み屋ばかりでなく蕎麦屋、うどんや、屋台なども)なるものが、爾来時代劇などでもよく登場するように庶民の間でその業態が確立されていきます。
 当然のことながら小規模の店舗が主流であり生業として存在し、次に家業となっていくのだと考えられています。さて、時は流れ近代へと進んでいくのですが、ごく最近まで、というか昭和の時代には人々の集まる個所としての駅前食堂などがその役割を担っていたと考えられます。
その形態としては親父さんが料理長、奥さんが接客サービスが典型的なスタイルであり、文字どおり駅前に集まる働くおやじの為の癒しのスペースとして存在していたのであります。
 小さなスペースでの営業は一度にたくさんのお客に対応することは困難であり大人数の対応は、○○会館とか料理旅館、料亭などが対応施設だったのでしょう、今でもその名残が地方の町には存在しています。
 いずれも低生産性であり会社とは名ばかりのものでしたが現在は地方の町には成功していった駅前食堂の形もあったのです。おおむね三つの顔を持つ店がその形です。
 一般の定食屋兼居酒屋、そして宴会場併設、場合によっては個室対応の食堂などを有する店がその典型です。計数管理不在の前近代的な店舗経営が中心です。
そうした中1970年代のチェーン化レストランの台頭から若干遅れながらも企業化を目指す居酒屋群が現出してきます、「つぼ八」「天狗」「養老の滝」洋風では「ビヤホール・ライオン」などが多店化していきます。
 チェーンレストラン群からの脱皮組として居酒屋業態への挑戦も一部では見られますがこれは競争激化のファミリーレストラン群でのサバイバル戦略として位置付けられたものです。具体的には関西地区のフレンドリーグループや関東の西武系、ジャスコ系、ダイエー系等などが顕著な例でした食堂という業種から、ファミリーレストランという業態は、さらにディナーレストラン、カジュアルレストランといった様々な業態を生み出していきます。
 模倣と競争の繰り返しが各社とも同質化現象を引き起こし、「消費者不在」のビジネスゲームが繰り広げられていったのです。
小生がレストランチェーンのスーパーバイザーをしていたころに少なくない同僚が各居酒屋チェーにスカウトされていきました。
主な居酒屋企業としては「和民」「魚民」「モンテローザグループ」といったナショナルチェーン、地方のチェーンなど多くの居酒屋チェーンが活躍していました。
 しかし、模倣による同質化現象は価格競争を余儀なくされ、計数管理主体の管理に限界を感じ始めていったのです。



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2020年11月18日

予算と実績

 承前
店舗運営にて得た利益の貢献度に応じて「インセンティブ」として毎月の給与に加算されるといった制度が設定されるに至ったらいよいよ短期決算といった目前の計数、利益高に目を奪われがちになるのは当然の理でありました。目先の利益を追求するあまりに原価や人件費を究極に押さえることで利益を生む、本来修理の必要な箇所も見過ごす、電球がきれていても補てんしないなど店はだんだんと荒れていきます。一〜二年程度はなんとか乗り越えられてももともと無理な仕事をしているのですからおのずとじり貧になっていきます。
 確かに年次予算も月次予算も達成していくことは資金繰り勘定上大切な事柄であることを否定するものではありません。ありませんが、そのために将来へ向かっていく経営の在り方にぶれが生じていきがちなのも一方では危機でありましょう。
 要点はここです、計数の動きには実はお客様の意識の変化や競合の存在などに左右される要素が大きいのです。目先の数字にとらわれるあまりそこに顧客視点という最も大切な仕事がだんだんとないがしろにされてきたのでしょうね雨後の筍の如く出現したチェーンレストランの多くが苦戦をしはじめ撤退を余儀なくされるといった現象が先ず関東からはじまり、次に関西、そして全国的に脱ファミリーレストランといった動きが顕著になってきます。
 肌で感じた事柄といえば以前は圧倒的な集客力を持っていた「盆」「正月」「ゴールデンウィーク」の期間が押しなべて客数減に見舞われてきていたという事、関東での現象が翌年には関西へとうつり次に地方へとその現象が起きていきました。
 企業が内部の計数管理最優先の働き方を徹底していった結果として、「顧客の存在」に疎くなり顧客をデータとしてしか見られなくなっていったのです。また、多くの店舗が出現していった結果としてどこも同じような商品であり、同じようなサービス、同じような店舗デザインとなっていきました。
 つまりは、効率を徹底的に追求していくと同質の店舗が氾濫するのは自明の理であります。
かつて「米国」に学び、少なからずの日本人の「食生活」に豊かさを提供し、手軽な「ハレの場」を演出していたチェーンの限界を知ることになるのです。多くの店舗が小さな幸せを味わっているという事はとりもなおさず当時の「顧客・・お客様」も豊かな外食という行為をリーズナブルに体験できる機会を数多く体験したという事であります。そこにも「成功の理由が失敗の理由になる」要素が隠されていたのです。

 次に現われてきた現象が「居酒屋チェーンの台頭」であります・・・・・


次回へ続きますIMG_0411.JPG


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2020年11月09日

行動指針としての計数管理

 小生が勤務していたチェーンレストランには当時「週間損益計算書」なるものが存在しておりねマネジメント活動の指針として活用していました。従来は月次で実施されていたものが週次になったわけで作業そのものの内容は変わりませんが、何しろ7日間の実績を常に追いかけていかなければならずそれゆえに一時たりとも無駄な時間はないのです。
 月に一度の棚卸が毎週あるわけですから材料の検数もあわただしいものでした。
又、食堂業の特徴の一つに仕込段階というものがあるので、原材料の形状ごとに検数しなければなりません。
 材料が店舗に入荷される時点での形から、開封して仕訳した時点での形、さらに一次加工した形(切り出したものなど)二次加工した形(加熱や人数分に振り分けた形)最終仕上げのための保存、スタンバイの形など一つの材料がいくつもの顔を持つという事です。なおかつ形ごとに材料の価格は、つまり原価は変わっていくわけです。
 さて、棚卸は毎週の締日が日曜日でした。通常土曜と日曜の2日間で週販の50%ほど稼いでましたので最後の日曜日閉店時には(24時間営業店舗ではレジシメ時間に)在庫も少なくなっており、比較的楽に棚卸が出来るであろうとのことでその日が当てられていたのですが、人は疲れているもんだといった配慮はなかったように感じます。
 日曜日に検数した材料の金額計算、その他パートの人件費、諸々の消耗品費などを帳票に書き込む作業が月曜日。その結果を元に地区マネージャー主催の地区会議が火曜日、店長は地区マネージャーからさんざん問題解決のための指導を受けますが、地区マネージャーは水曜日に担当店舗の集計を元にその上の地区(リージョンで4名の地区マネージャーが5店舗から7店舗くらいの担当店舗)にて20店舗分の集計、同じく問題発見と解決に関しての指導を受けるわけで、さらに木曜日までに問題解決の方針が各店に通知され、店長はそれを元に毎週金曜日につくる勤務シフトに反映させるわけです、土日は営業に専念。とこのように一週間を過ごしていきます。いきつくひまがないとはこのことでしょう。
 地区マネージャーはオペレーションに問題がある店舗に張り付いてチェックするのが土日の仕事なんですがほとんどヘルプみたいなものであり不足しているシフトに入ったりと、まあ休みなどとれませんよ。

 私自身地区の仕事をしたときなど日付がかわってから帰宅するというのが普通で、大体午前11時頃から夜中の2時までが勤務時間のようなものでした。と、今となっては笑い話ですが・・
 産業化を目指し「上場」するぞと粋がっていた企業の現実の姿。こんなものだったのです・・・今もあまり変わりませんけど

 客単価の低い業態では大量の製造がないといけない、ならば何が出来るのでしょうか、高単価の仕事もしくは生産工程で人事生産性をいかに上げていくかが大きな課題として目の前に顕れてきたのです。 
 続く・・・・
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甘いものを食する倖せ 今日の挿絵


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2020年11月04日

結論めいたもの・・・チェーンストア

 人それぞれの生き方考え方があるという事は当然です。
私の場合どうしてもシステム経営優先のやり方には抵抗があって、人を中心とした考え方があって初めて有機体としての会社組織が成り立つものではないか、何のための物質であり何のためのお金であるかに関して今一度人生における「仕事の原点」を考えるべきだと思っていました。
 本来は人のために存在すべき経済が、経済のために人が存在しているというようになってしまってたように感じたわけです。
さて、引き続きチェーンストアについて私の現場体験からの報告です。
 1980年代にはチェーンレストランの発展がみられます。いわゆるファミリーレストラン御三家という企業群がトップランナーとして業界をリードしていきます。
 関東からは食品スーパーからレストラン事業へと転換してきた「すかいらーく」九州の雄であって大阪万博にて爆発的な売り上げを記録した「ロイヤル」そして、国内スーパーマーケットをけん引し関西のダイエーとしのぎを削ってきたイトーヨーカ堂系列のデニーズ」の御三家です。
 一家団欒の食事の楽しさを彼らは一般庶民へ提供していきます。高度成長を支えてきた国民の多くが中流以上の生活を満喫していった時代です。
 会社を経営するにあたってもレストランビジネスのうまみを考えれば頗る効果的な計数モデルが出現したわけです。
 例えば粗利の高さは小売業の約3倍、立地は郊外の地代の安価な場所、強力なマネジメントシステムにより従業員はパート・アルバイトの主婦や学生が主力、これらを合わせると税前利益で売り上げ対比12%以上税引き後6%以上が可能になり同じく小売業の3倍以上という事になります。
 という事は、利回りも良いため金融筋も積極的に投資を進めるというわけです。これらの現象は全国各地のレストラン企業化に拍車をかけ当時の「月刊食堂」の発行部数をも増やし、レストランチェーン化の波が至る所で巻き起こっていました。

 店数がすべてを癒すとばかり出店競争が続く・・・出店が続くという事は仕事が増えるという事でもあり雇用環境も良くなり良い人材も増え従来のような旧態依然とした食堂業界が様変わりしていきました。
 年月を経て、前述したように「成功の理由」がそっくりそっくり「失敗の理由」になっていきます。

 スペシャリスト、マネージャーとワーカーという区別もだんだんとひずみを生じさせていきます。

 続く・・・・
[016004].jpg 葱たっぷりの中華そば
今日のイラスト

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2020年11月02日

仕事人としての目標

 米国から輸入したチェーンストアというマネジメントシステムがすべての支店経営という手法を凌駕するかの如き風潮。
特にマーチャンダイジングに関して中央集権による品揃え及び物流の在り方を目の当たりにすればするほど疑問が生じてきました。確かに重層的な流通の仕組みが我が国の消費行動の上位に位置づけられていたことによる価格決定権がメーカー主導であって消費者にとって不都合であった点は承知しながらも大量生産、大量販売、大量消費というものが中々広めにくかった点考慮したとしたうえで上記のシステムに忠実であればあるほどチェーン、特にナショナルチェーンのマーチャンダイジングが陳腐なシステムに見え始めたのが昭和50年代の中ごろだったように記憶しています。
一億総中流の時代といわれ、特に物不足を感じることも少なくなり消費する商品の目利きも出来るようになっていき、いわゆる戦後の流通革命を荷ったバイタリティ溢れる創業者の生活者としての感覚と一般消費者との微妙なズレが生じていきます。
 本来ならば、第二世代ともいうべきリーダーが時代に合った戦略に転換していかなければならない時が到来していたにもかかわらず、戦前戦後とサバイバルしてきた創業者が強烈に存在していたために方針転換がなかなか進まなかったのです。

つまり今までの成功体験、成功事例そのものが失敗要因となっていくわけです。消費者はいやお客様は、個性を重要視していき皆と一緒という今までのテーゼから徐々に離れていき欲求は10人10色どころか20にも100色にも細分化されていきます。
大量消費に合致するという点に絞っていた流通の仕組みそのものにほころびが生じていきそのために経営方針も経営の仕組み、組織から何からすべて見直し再生していく必要性が生まれます。
 事業推進に対して鬼のような努力をしていった創業者には敬意を表しますが、仕事が増え人が組織化され業績が淡々と上がっていくときというのはえてして組織の官僚化が進みがちであり、内政志向になることが多くなります。強烈なリーダーシップが発揮されているからこそ内部での出世競争に陥ってしまうのがいわゆる社員の癖であることは古今東西の権力争いの歴史から容易に読み取れます。というよりそれが人間の性なのかもしれません。
 こんな現象を薄々感じていたのですが、スーパーチェーンそのものの形も変化していきます総合スーパーからより専門的な量販店の拡大傾向が見えてきました。ホームセンター、家電、コンビニ、洋服の○○、大手スーパーは大きさゆえに簡単には変革できずにいました。
 いずれ外食チェーンもそうなっていくだろうなといった予感めいたものがありました。 当時レストランチェーンのスーパーバイザーをしていた私の思いでした。
 いずれ・・・細分化されるであろう・・・その時に私は仕事人としてどうなっていくのだろうか
  続く
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 今日の一筆 今が旬のなすびを描いてみました




posted by 筆文字や隆庵 at 10:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月29日

水商売から脱却するために

 世の中の経済形態が大きく変化していく中、戦後の暮らしがようやく軌道に乗りかけた頃。 というより戦後復興のために必死で働いてきた人たちがようやく豊かな暮らしを始められる時代になると、流通経済の発展へとつながっていきます。生きんがための購入から楽しみのための消費活動がだんだんと庶民の間に広がりつつあり、以前なら特別な消費であって余所行きであったものが日常へと転化されていくのです。その使命を帯び実践していったのがいわゆる「チェーンストア」でした。
 「流通革命」を旗印に多くの人々の豊かな暮らし実現のために活躍した企業が知らぬ間に世界に浸透していきます。小生が永年かかわってきた業界にはいわゆる外食産業がありました。これから成長が見込めるという触れ込みで大卒の外食マンが続々と誕生していくわけです。
 外食そのものの歴史はとても古く、いわゆる職業としての水商売は娯楽の一つとしてちょんまげの時代から存在はしていたし世界各国を鑑みても王朝のあった国には伝統的な料理というのが今でもあり現代の外食の料理モデルになっていることは否定できません。
会席料理、フランス料理、中華料理などといった宮中料理などが特徴です。
 一方、我が国の近代状況を鑑みると、全国至る所に駅前食堂というのが主流としてあり日常の働くお父さんたちの憩いの場を提供していました。また、特別な会食を提供るシティホテル、○○会館、公共施設等の飲食施設があります。それから鉄道機関車内の飲食などがありましたね。

次に登場するのが百貨店の最上階にある大衆食堂。一家そろっての楽しみの食事場面の登場です。この時代あたりから高度成長のピークを迎えていくわけです。漫画「サザエさん」に出てくるマスオさんとのお見合いの場所は百貨店の食だったと記憶しています。おそらく福岡市の「岩田屋」だったと思いますが・・・注 一店舗でなんでもありのメニュー構成だった食堂も今では専門店の集合出店の場となって機能しています
 様々な外食店を整理しますと・・政治家や実業家などが会食に使っていた料亭、料理旅館、ホテルダイニングなどの老舗といわれるところ、駅前にある日常的な庶民感覚のお店、家族のための百貨店や会館などのお店、それぞれ西洋料理屋 和食や中華、そば、うどんなどいろいろと提供されていました。
多くは、家業であり規模も小さく生産性も低く、とても産業とは呼べないものでした。
 また、消費活動を支えてはきたものの昔ながらの商店も同じ理由で衰退を余儀なくされるであろうと思っていたころに現われたのが「チェーンストア理論」というものだったのです。

本部集中の仕入れによるコストダウン、標準化されたオペレーション、セルフサービス、動線計画、立地計画、など綿密な戦略が従来の問屋手動、メーカー主導の経営では消費者のニーズに対応できない、消費者の「買い物革命」を促していく「流通」革命が全国に派生していったのです。外食の世界においても同じ波が押し寄せてきます。
 レストランチェーンの登場です。

 私が転職を考え始めた頃の現象に関しての説明のその⒈です 続く・・・

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鉛筆画、たまねぎやらケーキを描く
(筆文字や隆庵)


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2020年10月27日

米国におけるストアマネージャーの仕事

 アメリカ全土に1000店舗を数えるチェーンレストラン(当時はcoffeesho)のユニットマネージャーの管理手法は商品productionmixと確か言っていたようですが、客数に合わせて必要材料を的確に所定の場所に準備するという事が第一の仕事で、その仕事に合わせて人員を配置するシフティングが同様に行われており2週間を一スパンとして計画していきます。このことは日本でいうところの「人・モノ」の手配とでもいうのでしょうか、これらの計画が、一枚のシートに一日分書き込まれていてそれを常に2週間分用意するのが仕事だという事です。
 具体的には提供するメニューアイテムの出数予測が大事であるのですが何しろ全土に1000店舗あるわけでそれらのデータを元に計画するのですからかなり正確な数値がはじき出されています。
 もっとも前提条件として米国の特徴である大衆は同じものを同じような価格で消費しいちいち味にはこだわらずどちらかというと分量が問題だという事と結構身分制度のようなものがあり、暗黙のうちにヒエラルキーを構築されていますので各店の客層がほとんど同じという事。
宿泊するホテルやレストランなど日本の様に客が様々なシチュエーションで使い分けるといったことが少ないようでした。

 いずれにしてもユニットマネージャーは、開店前にバックヤードの倉庫、冷蔵庫、冷凍庫から自分の管理する時間帯に販売する材料をリーチインにセットしたうえで各保管庫に施錠するのです。
 これは、西洋における「労働観」が性悪説にて成り立っているといっても過言ではないのですが、従業員をまず信用していないのですね。
悪さをするといった前提で管理システムがあるのです。一方日本では、信用からスタートしているのが管理方法として成り立っていましたのでその違いに驚いたものでした。
 計画と実績、その差が問題解決のための課題として設定されマネジメントはそこに役割があったようです。
この話が今から凡そ40年前私が学んで実践してきた仕事の基本でした。
 ユニットマネージャーの責務は予定通りに利益高を得る、これがすべての評価基準であり、エリアマネージャーもリージョナルマネージャーも同様でして、いかに株主の利益を得るかが究極でありました。そこには顧客や、従業員の事や、地域社会での役割などといった高邁な思想はなかったように思います。
 そこで、私自身は自らのキャリアアップのため転職をしていきます。
以下続く・・・



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秋深し、柿の実見つけました

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2020年10月26日

社会生活仕事人として・・・

承前
このころ学んだことは「理論と実践」果たして米国から輸入されたような経営理論というものが日本で通用できるのだろうか、社会生活に乏しい自分にはまだよくわからない事でした。
 つまり、今までの日本経営というものがどんなものかを知らないのだから当然といえば当然な事ではあります。
さて、そのマネジメント理論をよくよく分析していくと面白いことに気づくことになりました。まず、米国は多国籍部隊の様相、人種のるつぼだという事がまず前提。次に軍隊組織が世界一だという事。勝利を目指す戦いの上で戦略の重要性は言うまでもなくいかにコミュニケーションをとっていくか、命令を末端まで伝えることが言語の壁でさえぎられないようにするのか。究極は武器弾薬の効果的な配分などをいかに全うするかが彼らの課題であったに違いありません。
 それを解決に導く手段としてマニュアルの存在があったのです。主に図によって戦い方を説明出来るように組み立てたのでしょう。
一方においてスパンオブコントロールという概念があり一人の監督者が目に届く範囲をあらかじめ決めておいてオペレーションコントロールするといった取り決めがなされます。通常3ないし5をひとくくりとした場合自分を含めてかそうでないかは失念したが一つのユニットが組織されます。
小隊とか中隊とか大隊とか言われる組織の事ですか。

 これをチェーンストア風にいうと、店長・・・ユニットマネージャー 地区長・・・エリアマネージャー  地区本部長・・・リージョナルマネージャー これ「ラインマネージャー」とし、サポートする参謀のマネージャーたちをスタッフと呼ぶ・・
このように組織論にて理論武装を行い、それを実施し様々な問題解決に挑む。
 仕事人としての最初の10年はこのように学んだことです。
私自身は、店長、地区長というラインと商品部というスタッフ職を体験した次第です。

 この理論の実践上の問題として、日本人の性格や頭の良さや古くからある倫理観などが実はチェーン店の後の時代の問題点になっていきます。
 次回へ・・・
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2020年10月25日

自分宛ての企画書を描く

 はじめに・・・・
 当企画書は貴君が(貴君とは自分の事ですが)、今後豊かな人生を送っていくための心構え及び行動に関しての指針となるべき道筋を記したものです。世界の環境激変の時ではありながらも、ただいたずらに情報に惑わされることなく確固たる信念の元にて日々の暮らしを全うしていければ幸いであります。
 項目に関して・・・
 人生を送っていくために必要な領域としては@仕事・経済に関すること A家庭生活に関すること B自己教育・教養に関すること C 社会生活に関すること D健康に関すること E精神生活に関すること
 以上6分野に分類していますが、どれが一番かというわけではなくすべてが等しく大切な項目であります。

 企画内容・心構えと行為計画に関して
各項も現状を認識しながら現実の現象がどのような経過をたどって今があるのかを考えていきたいと思います。
 仕事面で言えば、本日、今日やっている事は、なぜ?これをしているのか原因を考えてみるとこれまで培ってきた技術や知識、人脈と創意工夫、問題解決の方法それに関連する性格上の問題などがお客様に伝わった分のみ結果として今の仕事ぶりがあるわけです。良いことも悪いことも合わせた分です。
 何が足りて何が不足していたのかを棚卸しながら、良い棚と悪い棚の存在を自覚したいと思っています。

 貴君の体験 自分の体験  その⒈ 社会人になってから
1. チェーンレストランでの作業
2. 調理現場・・・棚卸から仕込み 調理 盛り付け 洗い物  閉店作業
3. 接客現場・・・お客様を迎える前の準備、客席のセッティング、お迎えからお席への案内
         注文受け、セールストーク、オーダーを伝達、料理の提供〜レジお見送りまでの一連の作業
4. 清掃現場・・・機器のメンテナンス、日常の清掃、開店から閉店までのルーティン作業の習得
5. 作業の洗い出しと作業時間の設計
6. 店舗マネジメント・・・計数と作業の連動の理解等
7. 複数店舗のマネジメント・・・新たなリーダーシップの実践


   次回へ続く・・・
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手作り照明


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2020年10月24日

コミュニケーションとしてのデザイン

 日常生活の中で私たちは多くの情報に触れています。そしてその「情報」は形として表現されているものばかりです。形とは立体的なものだけでなく平面にて表されている文字や絵、映像や音、ありとあらゆる姿の事ですが、実はそのすべては何らかの情報を伝えていることに気が付きます。
 情報は私たちの五感を通して心の中で咀嚼されそれぞれが何らかの理解を促し、行為にまで導いていきます。
デザインを生業としている、私にとってこれら一連の考え方は大いに学ばなければならない課題です。
 行動まで結びつけなければならないのがデザインの根本的な使命であると考えるからです。
それには、私たちの心理の成り立ちを知ることが大切であるのはもちろんのこと、人の欲求の所在地はどこなのか、何を求めているのか、何が不足しているのか。といった一種のQC活動にも似た考察と提供できるスキルは何か、私に依頼してくれている企業やお店が何を得意としているのか、どんなお客様の役に立ちたいのかなど理念や方針もふくめてどのようにデザインで表現するかが重要な仕事であるわけです。

だから、イラストも文字もキャッチコピーも一貫した思想の中で想像されていることを知って頂きたいと思います。
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これは、とあるご飯屋さんの壁にかけた額です・おこめにこだわっていますという企業方針の現われです

posted by 筆文字や隆庵 at 10:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月23日

日日是訓練

毎日の日課である散歩方々。何事もないような日常にも森羅万象はひと時も休むことなく活動しています。
そうした中に於いて、私たちも変化していかなくてはならないと思います。
 いや、森羅万象の変化は一定の法則のまま移り変わっていくのですからそこには恣意がありませんが、私たちは日々恣意をもって変化に対応していかなければならないのだと感じるのです。
 意思をもっての日々の生活と惰性での生活には雲泥の差があります。ここに目標設定の必要性があるのです。
うろ覚えですが私の好きな中島みゆきさんの歌詞に「他人にお前のオールを渡すな・・・・」といった意味の歌がありました。全くその通りなのですが、任せたはずではないと思っているかもしれませんが、実はかなりの領域にてオールを渡してしまっているのです。

 一つには固定観念です、二つ目は現状維持という甘えです、三つめは自虐ですね自らの未来を過小評価している自分です。そして最も人生に影響を与えているものに心の在り方があるわけです。自分の内面に染みついた性格です。
その性格を知り一つ一つ反省し修正していく作業こそが自らの運命を拓くカギとなるものです。

 世界で起きていることに関して無意識のうちに心の内面に取り込んでいます。日々起きる事件やそれを報道するマスコミの在り方は私たちに深く考えさせてくれます。潜在意識を浄化していかなければならないのです。悪い情報を除き良い情報を心にとどめるようにしたいものです。
 そこに「自己啓発」「潜在能力の開花」の秘訣があるのです。
先ずは、日常の中にある自然現象に感動していける自分を創っていきたいと思っています。
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つわぶきの花、薬草にもなるそうな・・・



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2020年10月15日

なりたい自分になるための企画書

 行動科学の話を少しつまみます。私自身の体験からゆうとまず、やりたいことなりたい自分の形への思いなしには徒労になります。
今から凡そ30年ほど前に一杯書き留めていたのを一つ一つ吟味していくとたいていのことは実現しているように思っています。
 決して計画的な行動していたとは思わないのですが、表面的に書いたものが潜在意識に伝達されており知らず知らずに実現に向けての行動になっていたのでしょうね
 まず書くことから始めましょう。
例えばこんな具合・・・健康に注意する、運動と栄養のバランスをとる、定期健診を受ける、仕事の技術を覚える、自分の仕事の説明が出来るようになる。二時間程度はそのことについて語れるようになる、絵を描く、水彩画、墨絵、鉛筆画の練習をする、読書をする、常に周りに本をおいておく、パソコンを使えるようになる、友人と情報交流をする、年に一度はクラシックコンサートに行く、瞑想をする、日誌を書く、など

 これらのやりたいことを毎年チェックし進捗状況を把握し次の修正につなげるのです。これが毎年の目標でした
結果として
 絵を描くのが楽しみになっているし、デザインの仕事もさせて頂いているのです。
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ある旅館の部屋に飾ってる小生の絵です


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2020年10月14日

デザイナーが絵を描くという事

デザインそのものの根本はやはり絵を描くことに収斂されていくのではないかと最近思っているのです。デザイナーとしての仕事は何より発信者の意図が受信者に伝わることが第一義であり、画家が作品を描くのも自分の内面、感性や思想を外部に伝えるために行うものか、もしくは自分の内面に対して伝える事に行うものであろう。
 とはいうものの仕事としてのデザインはその伝えたいことをいかに表現できるかがポイントでありそこには自己満足というより受信者満足、いうなれば顧客に手に取ってもらえるか、記憶に残してもらえるかが大事なのであります。
 そうした考えに至るまでにはいろんな体験・・・商業者として、デザイナーとして、マーケッターとしての体験、その体験から裏付けされた知識や理論が必要なのであります。
 従来より広告デザインの世界で何度も話されているのが潜在意識層への働きかけなのであるからいかに絵を描くときの心構えとしてどういう引っ掛かりを演出するかを考えておかなければならないのです。
 意図されている違和感等がその事例なのです。たとえば絵の輪郭、キャッチコピーの言葉遣い、文字の大きさ、小ささなど。意識的な違和感の創出、あっと驚くようなタブーぎりぎりの言葉や映像は記憶に残りやすいと思いませんか?

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今朝の朝食、殴り書きで絵の練習

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2020年10月12日

自分自身に企画書を提出せよ

 今日の課題、企画書とは、自分自身がどうあればいいかの指針となるべき存在であって、常に自らを戒め、鼓舞し時には具体的な方法を変えてみたりするときの物差しとして企画書が必要だという話です。
 企画書は戦略書の上位概念で(と小生は思っている)大は人類の在り方、又国家の在り方に関する企画、戦略。地域の在り方に関しての戦略
企業戦略、そしてそういう各世界に於いての自らのかかわり方を意味する自らの人生企画と、その企画を構成する要素である人生の個人戦略等、世の中は企画戦略で成り立っているといっても過言ではありません。

 「そんな大げさに考えんでも・・」という言葉を多くの人から聞きますがこういう人たちは他人の考えた企画戦略の中に知らず知らず取り込まれていることを知らなければならないのです。もちろんそのような生き方もありなんですが、自らの人生行路は全体の中での部分といった考え方は必要不可欠な思考だと思います。
どちらにしても「幸不幸の結果」はそのカギを自らが握っているという事は覚悟しておかなければなりません。つまり身の回りに起きる苦悩や歓びといった現象はすべてが「自己責任」であるという事です。

 本来人間が持っている環境について知っておくべきことに潜在意識の存在があります。古今東西多くの哲人や研究者が口をそろえて発言しているにいようがこれです。「潜在意識の思いが現実を引き寄せる」と・・・








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