2018年02月04日

現状把握・因縁と業

 私の目の前に顕れている問題(現象・事象)は過去私が思い行ってきた結果として今の存在があります。
他者はどうあれ自分さえ良ければいいのだと、その時点でそう思いそのように行為した。
 目先の利や私欲を優先したような行為は一見すると正しいように思われるのですが、ある一定期間を経てそれらの思念や行為の結果が自らの身に起こってきます。
 つまり、目の前に起きている問題はあの日あの時の自らの思いや行い、自己中心的なふるまいを今度は自分がされることになるわけです。
 思いもよらぬ形として顕現されるため私はその原因となった態度を忘れているために不平不満を持ったり愚痴を思ったりしてしまい、また新たな原因を作ってしまいます。結果として物事が循環、円運動を起こしながら何度も何度も負の結果が付いて回る事になるわけです。
 逆に他者を大切にするような思念や行為が先にありますとある時突然「善果」が現れ反省をとあして感謝すればその種子はまた良い結果を生んでいくことになるわけです。

posted by 筆文字や隆庵 at 11:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月02日

こころ詩綴より

家庭・・・
家庭は人間の生きる道を学ぶところ
家庭は人間の生きる目的を学ぶところ
家庭は長所を伸ばし
短所を修正するところ
家庭とは心の安らぐ場であってほしい
昨今家庭内での問題で犯罪が生まれている

肉体こそが人間であり 物が最も大事で
欲望だけが肥大しているために起きる事件が
多過ぎるようだ

posted by 筆文字や隆庵 at 10:21| Comment(0) | 愛のある家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月23日

国会

 またぞろ大事な議論をしなければならない国会が始まり我が国の近未来のかたちづくるべき場が野党によって「もりかけ問題やすぱこん」というスキャンダラスな話になり全くあきれてものもいえない状況。
 反日という連中によって政策論議は進まず、時間ばかりがただ過ぎていくばかり。そうすれば数で圧倒している与党のいいなりになるわけで、建設的意見交換など望むべきなきことになります。
 国家的な危機をなんと心得ているのかい?
これこそが税金の無駄遣いなのよね・・・
posted by 筆文字や隆庵 at 11:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

天と地を結ぶ電話 Jamesクレンショー著

ある男が死に、火葬にされた3日後に霊媒を通してこう語ったそうです。「私はどこにいるのだ、私は死んでいない、これはどうしたことかなんとしたことだろう」と・・少し慌てている様子でした。
さらに一週間後
「一体ここは地獄何だろうか?私はどこにいるのだろうか」
次の週になると彼は歌いながらあらわれてきたさらに、新しい調子で話し始めた

「私はとても幸福です。私はあなたが私にして下さったことを思い出して今感謝しています」
この霊人は友から仲間から現幽両世界で援助を受けたことを感謝し最後に自分は幽界の「準備室」に置かれているのだといった。こうして彼は実際に「救われた」のである。
posted by 筆文字や隆庵 at 16:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

反省

一年を振り返って・・・・今年もまた年末を迎え反省をする為に日記と手帳を省みながら一つ一つの現象がいかなる原因があったのかを追求し洗い出し良い現象には称賛を与え悪い現象には叱責を与え二度とそんな起きないように注意を喚起していく。
その考え方や方法は自らを第三者から眺めることがコツである。

 反省の基準として私は、宮沢賢治先生の「アメニモマケズ・・・」としている。
posted by 筆文字や隆庵 at 10:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

毎年の宣言

 毎年 私の手帳の冒頭はここ10年次の如くあり
「私が不慮の事故もしくは病にて生命の危機を迎えようとしたとき、意識のない自分では言い切れないのでここに書を残しておきますので以下のとおりの処理をお願いします」

 1.延命処置不可

 2.葬式いらず

 3.墓いらず

 4.荼毘の後はごみとして下さい

 5.ただ法的な処理はお願いします

 といった文言を記している


 人間が死と呼んでいるのは、物的身体がものを言わなくなる現象です。用事が終わって霊との縁が切れ、元の大地にリンやカリになり戻っていくだけの事なのですが
往々にして死というものに対して霊が十分な準備が整っていないうちに起きるので様々な問題を抱えてしまいます。
 が、実際には霊は肉体という不自由な牢から解放されて、それよりはるかに精妙なる構造をした霊的身体(光)で自我を表現することになり、地上では眠っていた霊的感覚が発揮され始めその活動範囲も飛躍的に広がるのです

 (シルバーパーチ霊言より)
posted by 筆文字や隆庵 at 21:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

目標設定

久々の投稿です。

行動するために何が必要か

計画と実践 特に行動の中で向上する私たちに

何が必要か 

方向を定めることが必要である

つまり

明確な目標が要る

人は方向が決まればその方向へと動き出す   と同時に

目標 それも明確な目標に向かって動き出す

努力をする

だから 行動するためには明確な目標が必要なのである


posted by 筆文字や隆庵 at 15:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

愚人

愚人とは、他人の言葉に毒されて自分を見失う
そんな愚かな自分に気づかない人
自分の我を通して相手を苦しめていて
そのことに気づかない人
自分こそ正しいといいはって
他人の意見を無視し
そのことでまずくなってることに気づかない人
多くの人々の支えがあって今こうして生きていられるのに
多くの自然環境があってこそ今こうして生きていられるのに
そのことに感謝がなく他はどうなってもいいと
自我我欲で生きている人の事
posted by 筆文字や隆庵 at 09:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月13日

道を歩む

私たちはすべて人生という名の道を歩む
自らが選んだ道を歩む
そこには平坦な道もあり
厳しき道もあると 先達から教わった
いずれの道も
修行となり
こころの成長につながる
さて、
平坦の道とは
なんであろうか、様々な立場での難儀苦労はあるわけだからそんな道はないと思う
厳しき道とはなんであろうか、
 平坦の道とは感謝の道であり感謝の生活を送っている人には厳しき道も平坦な道も
同じく人生の道
posted by 筆文字や隆庵 at 18:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

諦めるという話

人生行路の中でどうしても、どうもがいても諦めるということしかできない現象があるという事を覚えておきたい
それはまさしく「天命」従うということ、同時に自然の法則に従うということでもある。
天の指示というものは、私の周りにいられる他者、他人を通して、また物を通して「難儀な問題」として顕現してくれている。
これらの問題を通して私の人格が磨かれていく、そのことを認識していく作業こそ人生の醍醐味であることを知ること

だから
それらの問題を前向きにとらえ
積極的に言動、行動していくことが肝要である。

積極的な前向きな言葉を自らのそばに置き ことあるごとに眺め、口に唱え 目に入れることで
潜在意識に種子を播くことをしたい
結果としてそれらの前向き明るい勇気をはぐくむ言葉は潜在意識という畑の中で生長し現実になり。問題解決に役立つのである。
posted by 筆文字や隆庵 at 10:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

省察

人は須らく自ら省察すべし
「天は何の故に我が身を生み出し、我をして果たして何の用に供せしめる
我既に天物なれば必ず天役あり 天役供せずんば天の咎め必ず至らん」
 
 たった一人でこの世で生きているのではなく
 日々の仲間たちにたいしても当然あり省察
 須らく天にすべての元ありと考えるのであります。
 「敬天愛人」

天に恥ずべき所なき人生を送りたいものです
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2017年04月21日

大河

浅い知識だけを振り回し中身の薄い議論を挑む似非政治家の多いこと。
こんな浅はかな活動を日々世の中に情報発信するマスコミ。軽佻浮薄な世論の中で
深く考えもしない国民。
なんとなく時だけが過ぎていく、こうした生き方が物事の本質を見る能力を奪っていく。
結果として愚民化していき 似非政治家を生み国の混乱を生み出す原動力となっている事すら気が付かない
だから、大河の如く静かに流れてみようと思う。
ゆっくりと自らを見つめながら物事の本質が何かを見つめていきたいと思う。
ラベル:自然、無我、
posted by 筆文字や隆庵 at 08:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

議論

議論の要諦は各員の持つあるべき形の相違、もしくは誤解から生じる祖語を解消するために行われる議の事でありそれらを文章に、または記録したものを議事録というのである。
昨今の国会における議論はまるで幼稚園児のごとき状況となっているではないか、野党4党の質の悪さには、ほとほとまいってしまう。
当たり前のことであるが、あるべき形そのものがなく、全く国益など考えもしない卑しい議員の存在を許している国民が存在していることに起因するのも一方では事実ではある。
民進党の諸君の体たらくも当然のことながら自民党の議員の劣化現象も甚だしく現象化している。健全野党の出現を待ちたい。

正しい議論が行われることを願う
posted by 筆文字や隆庵 at 11:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

今年もまた一瞬の儚さをうちにひめ、大和心を私たちに伝えてくれる桜花、観る人々それぞれの思いで桜樹を楽しむさまを見るたび、この国に生まれて良かったと思うのだ。老若男女すべからく、にこやかな笑顔、腰の曲がった老人もおさな子の手を引く若夫婦も、花見のグループも全ての人に幸多かれと、桜🌸ふぶきに祈念❗️また来年会おうよと願う。
posted by 筆文字や隆庵 at 18:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月05日

4月になれば

南風がそよそよと、窓から中に入り込みあわい花のかおりを届けてくれます。
「新年度が始まるよ」と、いわんばかりに桜の花が咲いてくれるのですね、もう何度この風景を楽しんだであろうか、そして後何度この風景を楽しむことが出来るのであろうか。
 近所に住んでるあの子はもうあんなに大きくなって今年は新一年生か などと思うこの頃ではある。
新しい人生が又今年も始まるのだ。
 頑張れ新人
posted by 筆文字や隆庵 at 12:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする