2016年03月22日

言葉

言葉の乱れは心の乱れ、あらゆる行為は心が先にあって行動に結びつくのであるが、最近の言葉の乱れは「保育園落ちた、日本死ね」なんてつぶやく、悲しいことにこんなブログに過剰に反応して下品な言葉が国会でも話題になっているようです、またそのようなことばを利用している政党もあるようですね。「死ね」という言葉が殺人未遂容疑であることを理解しなければならないと思うのです、子供たちの間でのいじめの最たる言葉が「死ね」という言葉だということを多くの大人たちは知らなければなりません。言葉はそれほど大事なことであって人格を形成する要素であります
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2016年02月29日

経済とは何か

いつのまにか、日本は新自由主義、資本主義にすっかり汚染されている。たとえば
人を評価するのに、その人の人格、識見ではなくて、いくら金を持っているか、どんな家に
住んでいるか、どんなものをもっているか、社会的地位は・・・というようにその人そのものは
評価せずに、その人の所有する外的な付加物によって評価する。
 大して金も持たない、そんなにいい家に住んでいるわけでもない、普通の服装をしている
という人間は、人間的にどんなに優れていても、立派な人とはいわれない。
そこで、今一度考えてみよう「経済のための人間か、人間のための経済か」・・・
企業の目的は何か?といわれれば、多くの人は「利益をあげることにある」という
それなら、企業が儲けさえすれば、そこで働く人間はどうなってもよいのか、人間はただ食って
働いて寝るだけが人間なのか。ここで問う。
1.会社は常に儲けて高賃金を払うが、人間的には無視されて、人間を機械と同じように考えて
 働かされ、能力が落ちたらすぐくびになるという会社で働く方が良いのか
2.会社は赤字にも黒字にもならず、常に経営を維持できていて、優良会社とはいえないがその
 会社は人間味があって、上司と部下、同僚間に慈愛の心が漲り、お互いに助け合って、家に
 いるような気楽さがあって、時間もかまわず、とにかく働いている事が楽しくて仕方がない
 賃金はそんなに高給ではないが、生活するに十分な給料は与えられ、終身雇用で家族主義の
 一生安心して働ける会社とどちらがよいのか。
昔は日本には、後者の会社ばかりであった。しかし、昨今の日本は、米国の経営学を学び、赤字
になったといえば、すぐリストラで人間を解雇するということになり、解雇されて失業した一家
が、どれだけ苦労するかということは全く考えないという、会社が儲かっていれば血も涙もない
という経営者が増えてきた。

 すこぶる当り前の経済原則であるところの「生産者、流通者、仕事をしている人すべて」は
「消費者」であるという事を忘れているとしか思えないのである。

 早く目を覚ましてほしいものです



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2016年02月20日

優越感と劣等感

 どうしても、自分はあの人よりもお金をもっているとか、学歴が上だし見た目もいいし・・などと優越感を持っている人は増上慢になり他人を見下す態度をとる。
 しかし、一方において自分よりたくさんお金を持っているとか学歴が自分より上であるとか、自分よりいい家に住んでいるとかの人がいた場合に、卑屈になりうらやましくなって心を小さくしてしまい劣等感を持ってしまう。
 いずれの場合も他と比較する自分がそこにあるわけであって、心がいつも揺れ動いてるというわけだから真実のものではないということを知らなければならない。第三者からみても優越感の人や劣等感の人の言動に触れて愉快になれないものである。
 他と比較するのでなく常に自らの不動心を養っていかなくてはならない。
 
ラベル:不動心、
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2016年02月04日

今日という日

私の一瞬一瞬の、思いや行動には必ず原因結果という法則がはたらくのです。良いことを思い行えばよい結果が生じるし悪いことを思い行えば悪い結果を生じさせるのです。
 では良いこととは何でしょうか、それは他のお役にたてる思いと行いであり悪いこととは、自分さえよければという思いや行いのことであり、もっというなれば感謝が出来ていることがその基本的な心構えであるかということです。
 感謝とは何でしょうか、それを私は次のような定義としてとらえています。つまり、怒り、愚痴、不平不満、憎悪、憎しみ、妬み、嫉み、優柔不断、取越苦労に持ち越し苦労などがない心の状態の事としています。
 したがって、かなり達成の困難さを感じていますが、少なくとも「今日という日」だけは達成しようと日々考えているわけです。
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2016年01月10日

類は類で集まる

 多くの人は、というよりすべての人はといっても良いであろう。
病気になり不幸になると「神も仏もないものか」と思い、世を呪い、周りの人が誰も信用できなくなり
疑いの心が起きてきて何をどうしていいのかがわからなくなり、何から手を付けたらいいかイライラするた゜けで、あれはああすればよかったのじゃないかとかあそこでこうしたからいけなかったのじゃないか等と自分の欠点や失敗や病気を探し回ることだけをする。
 そういった心を捨て愉快に微笑んで前進すれば次第に心は明るくなり、喜びの心が起こり感謝の思いに満たされるのである。
 日本では昔からこの原理を「笑う門には福来る」と言ってきた。だからどんなに苦しくても笑えばいいのである。しかしそうはいってもねほとんどの人は「こんなに苦しいのに何で笑えるか」としかめっ面をしている。ところがしかめっ面をしているとまたしかめっ面をしているということになり、しかめっ面をしなければならない事態が連鎖的に起こってくるのである。このことを「泣きっ面に蜂」といっている。

 「類は類で集まる」というのが法則である。
この世はこの世だけで動いているのではなくあの世(霊界)との関係の中に我々は生きているのであるから明るい心善なる心を持てばあの世の良い霊たちが集まってきていろいろ協力してくれるが、反対に暗い心を持つとよくない霊たちが集まってくる。
 明るい良い心を持つとますます明るい良い心になり暗い心を持つとますます気がめいって暗い心になる。
だから、失敗して、病気してどうにもならないと思った時こそその暗い心を吹き飛ばして「あっははーっ」と哄笑してそうして静かに坐して直観を待つことである。そうすると「笑う門には福来る」とばかりに様々な問題は解決に向かっていくのである。
 このことは私の人生の中でたびたび起こってきた現象でもあります。
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2016年01月09日

尊敬の念

 いま、私がここにいる
私の体は 父母からうけた 父母の体はそせんからうけた
祖先の体を綿々とさかのぼれば
 それは宇宙創造主からうけた
宇宙創造主とは神のことである
 だから
両親を大事に思い祖先を尊び神に感謝する

posted by 筆文字や隆庵 at 22:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月07日

経営者 このすばらしき人

いまここに、すばらしい自分がいる
すべての人は、それぞれの人生の経営者・・・日々刻々と環境の変化に対応しながら
自らが考え行動していくことで
様々な結果を生む
よーく考えましょう
今の自分は過去自分が考え、人々を組織し行為したことの結果を受け取っているといえるのであり
そのことが自分の歴史であるということを知らなければならないのです
問題は根本の自分の思いや行動がどれだけの方のお役に立ったのか、
理想どおりにいかなかったかいったのか、そのバロメーターは何か、そもそもの方針、目標はなにか
すばらしい能力をすばらしい部下をそしてすばらしい組織を持っている そんな
私は、すばらしい仲間が問題解決をしてくれるものと信じている
そんなすばらしい自分、素晴らしい経営者でありたいものですね

posted by 筆文字や隆庵 at 22:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

年頭所感

 ふる里思うとき、いつの時代からセピア色の情景になるのでしょうか。
なつかしき里の風景、わが故郷の山の緑は絨毯のごとき感あり、また友の顔はあの頃のままの面影でニキビと学ラン姿の友。
ほとんどの自然はすべからくあの頃のままのたたずまい、変化しているのは私たちだけのような気がします。
 恒例の年末年始の帰省ラッシュ、難儀苦労してまでも故郷へ向かう人々の心根はいかばかりでしょうか「帰巣本能」という方もあるようですが、私には言いようのない自らの「ルーツ」である場所やその時の、ある過去のひと時に身を置くことによる「安心感」や自らの「存在感」を確認するためなのだと思えて仕方ありません。
 そこには父母がいるなつかしき友がいる、あのころと変わらぬ 山川草木がある。それらすべてが私たちを温かく迎えてくれる。
 心に栄養を与えてくれるのです。そんな「故郷」を心から愛したいと思い本年も周りのすべての出来事に感謝できる「自分づくり」に励むこととします。
 父母への感謝は、兄弟姉妹への感謝につながりそして母校愛 郷土愛、社会愛、祖国愛につながり世界愛につながるのです。
即ち「治国平天下」ということになります。
 本年もまたよろしくお願いいたします。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

2015年追憶そして・・・

今年もまた、光陰の如く時を刻んできました。多くの出来事を追憶するにあたってはその折々に際し様々な思考があり行動があり、その時々に際して喜怒哀楽があったことを思い出します。その一つ一つの想いにはすべて原因があり、徹底追及していくと必ずと言っていいほど自らの心の未熟さに突き当たってしまうのです。
 人が自分さえよければいいと思うことの間違いを教えてくれているのです。
posted by 筆文字や隆庵 at 21:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月05日

今日のことば

自らの潜在意識にふたをしてしまっていて、一向に運命が良くならないと嘆いていてもなんら問題解決にならないことを知っている。
心を明るく豊かに保つことを心掛けていけば自然と運命は拓けていくのであるから、心を暗くするようなことをせず、貪欲、怒り、惰眠、後悔、疑い を捨て朝早くから、夜遅くまで修業して。たとえば木と木をすり合わせて火をだそうとするときに、少しずつ熱が出て、まだ火にならないうちにやめてしまったら火が起きないと同じように途中でやめてしまっては何にもならないということを知っている。
この世もあの世も同じく原因と結果の法則が働いていて、特にこの世に於いては3.5.7の周期で結果が表れるのであるから少なくとも3年は努力せよということになるのだ、「石の上にも3年」とはこのことをいうのである。
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2015年12月04日

反省の仕方

体真の止・・・そもそも、この世の中のことは、「思う」ということによって、一切は現われ原因があって結果があり、すべて移り変わる現象であって、実在ではないということを知れば、いろいろな現象に心が振り回されて執着する必要はないし、心が執着しなければ妄念が起こることもなく、心は安らかになって反省することができる。これを「止」というものである。
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2015年11月30日

苦悩とは

楽しいはずの人生がなぜ苦しみとなるのであろうか、
その すべての原因は自分にある。
・・・とわが師はいう
 思ったこと、行ったことの結果が今の自分をつくっている
ならば苦しみの原因はどこから来ているのか
苦しみの原因を、とりのぞくことから始めなければならない・・
多くの人たち、私も含めてであるが「苦しみ」の挙句に、神に祈りたくなるもの
であるが、その祈りの心はどうして起きてくるのだろうかという考え始めるところから
苦悩からの解脱は始まるのだと・・・
 「苦しみ」を「苦しみ」とだけ考えて「どうぞこの苦しみを救ってください」と祈る
他力本願の心の中には、いつも苦しみが描かれ想念されているから、自分の心の中に
その苦しみを描き想念している間はその苦しみはなくならない。
 今の状態は過去に自分が描き想念した心の結果なのであるから、その現実の苦しみは
苦しみとして見ながらね心の中に忘れていた神を思い出して感謝し、本当の神の子の自分の
意識を取り戻さなければならないのだということに気づいて、その苦しみは本当の自分に
帰れという警告だったのであると感謝するようになると、その苦しみは自然になくなって
くるのである。
 なくなるばかりではなくて、現実を見ながらも心は感謝いっぱいなのであるから、その明るい
感謝のエネルギーが自分から発せられ波長共鳴の法則からその明るい心が現象化し幸福が来るのである。
こうなることを
昔から「禍転じて福となす」と言ってきたのである。
     園頭広周著 「祈願文の解説」より



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2015年11月27日

問題解決に関する思考ステップ

現状把握は大変重要である
正しく現状を知れば
方向を誤らず進むことができる

現状を正しく見るためには静かな心で客観的に感謝しながら
行うとよい。
毎日を、一生懸命生きているつもりでも時代の流れや
背景から、果たしてこれでいいのか、自分は間違っていないかなどと思う時が
ある、その時にはじっと座り瞑目し現状の把握に努めなければならないのです。
常に善意の第三者の自分をもって現状を見ることが大切なのである。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月08日

反省

今、自己確立の時
自然の中に生かされている私たちは

自然の法則に逆らった分だけ、その反作用が起きるように仕組まれている
ということを、知らなければならない

数学的に綿密に仕組まれているこの法則を

「因果律」「作用反作用の法」釈尊は 「因縁」といわれ
イエスは「まいた種子が生える」といわれ

日本では「自業自得」という。

静かに考える時間を持ち反省してみよう。
posted by 筆文字や隆庵 at 10:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月07日

言葉

前向きの明るい言葉は、明るい現象と波長が合い、明るい現実を引き寄せる。
後ろ向きの暗い言葉は、暗い現象と波長が合い、暗い現実を引き寄せる。
だから、常に
明るい心と態度で明るい言葉を語らなければならないのです。
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posted by 筆文字や隆庵 at 13:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする