2020年12月27日

今年も終わります

 ビジネス主体の生き方から、日々の暮らしの中での生き方のスタイルとは何か等考えさせられた一年だったように思います。
従来では考えられない病の蔓延に行動の束縛が強いられ、毎日が感染者の増加の報道で始まるという異常事態の到来。さらに政府批判に終始し何ら解決案を提出しない特定野党の面々、政府にしても優柔不断な体たらくぶり、テレビに至っては思いっきり恐怖をあおるのみ、専門家と称する方たちの不勉強ぶりの露呈、物事を判断するために必要な情報の偏りなど一体この国はどうしたんだろう。国際状況が一変し過去の50年とは比べ物にならないぐらいの激動の時代だというのに。
 自分の次の選挙のことしか考えていない政治家、引退後の天下り先のことしか考えていない官僚諸氏、経済界はすでに創業期の社長もリーダーもいないサラリーマン社長の事なかれ主義集団になってしまっており社会の公器としての高邁な理念などなくなっておりただ利益のためだけに存在しているという情けない姿に落ちぶれている。
 自宅にいるという事はこんな状況のニュースばかりに触れるという事なのだ。

2020年12月現在コロナ感染者報道が白 
熱している。わずか数十センチ四方のテレビモニターから得られる情報でのみ生活の判断としてい人たちにとって、その真偽に関して判断できない。嘘を信じてしまう恐れがあるわけです。
ワイドショーに一度出演された専門家先生もその発言次第で、テレビ局の意図に反しているとされたら次回からは出演なし。今でもコロナが日本人にとって他国ほどではなく大騒ぎし過ぎなどと発言した段階で没。正しい情報を聴きたい私たちにとっては比較も出来ない環境であることに一種の恐怖を覚えるのは小生だけであろうか、共産主義国家ではあるまいし、経済環境迄責任とれないワイドショーの報道ぶり、当てが外れたらその後は報道しない自由とばかり知らん顔をする。

 まあ腹が立つばかりの一年だったように思います。

個人的には、相変わらず文字デザインと料理イラストレーションの仕事は途切れることなく、多くのお客様に感謝いたしますとともに来年以降もよろしくお願いする次第です。
仕事に限らず小生の理念 明るく楽しく生きるそしてより多くの人々のお役に立とう という自分との「約束事」を何とか守れたように思うのですが次年度はそのレベルをもっと高めていこうと思っています。
 病気に関しては二度の入院が心身ともに疲れを癒す時期だったように思います。友人たちとの思い出話や会食も人生の一コマとして楽しんだ次第です。


 お世話になった皆様に心よりお礼を申し上げます。来る年もよろしくお願い致します。
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2020年12月16日

マーケティングと勘定科目

 おおよそ、あらゆる消費活動に於いて経理的感覚はついて回ります。
つまり、お金を支払うという行為は何らかの勘定科目として分類されるのが基本となります。それぞれの金額は何のために支払うのかという観点から適宜配分され各組織に於いて予算化されていくわけですし、個人の家庭においても同様に予算計画化されているわけです。
 マーケティングを考える時これらの勘定科目を考え自らが実行していく事業の売上はどの組織のどの予算勘定から導き出されるのかを考えなければならないのです。
 例えば、食品の販売会社であれば納入先にとっては原材料調達となるわけですから原価という事になり、個人の家庭ならば食費となるわけです。この食品会社の事業コンセプトによりますが食べ物を扱っているという点で原価にもなり食費にもなりまたは、娯楽費、接待費その接待費も様々な種類に分けられるのです。
 件の店、小生が営業マンしていた店ですが、この考え方で分類すると大まかにいって接待に使われる店でした、バブル期以前の料亭が主戦場であった当時の接待需要をリーズナブルな価格にて進出していったために急激な成長を遂げていきバブル期に開花していきます。
市場規模から考えて地方の100万都市に2から3店舗程度は成り立ったのでしょう。
 この店の場合のお客様は企業でして、毎年ひの企業の接待予算のシェアをどれくらい獲得できるかが売上を決める要素となります。したがって小生の日々の仕事はお得意さま巡り、法人営業が主でした。
日商100万円の陰りが見えだすのはもう少し後ですがいわゆる「バブル崩壊」を機に一気に業績悪化の道をたどっていきます。
 成功の要因が失敗の要因 ・・・この典型的な姿を知ることになります。

次回はチェーンと繁盛店の人的レベル比較を記してみたいと思っています。
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飯塚にある嘉穂劇場、昔は炭鉱従事者むの憩いの場であり日々の暮らしに彩を与えてくれました。





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2020年12月14日

業態の成り立ちについて

 今となってはもう過去の遺物の様に扱われている電話帳には職種別の番号を主体として掲載されていました、例えば
飲食店という業種として 西洋料理店、中華料理店、寿司、和食、居酒屋、パブ、キャバレー云々といった風に分かれて書かれていました。しかしこのことは単に分類のために必要であって経営という観点からはあまり意味のないことであると思います。同じ時代のころ昭和40年代に於いての飲食業の売上高ベストテンの常に上位だったのは「日本食堂」が常連のころです。まだまだ飲食業という仕事が零細であり家業としてその存在が認められていたに過ぎないころです。
 そうですね、その当時はスーパーが発展の兆しを見せ始めた頃でいわゆる「チェーン」の到来があり、飲食業では先ずは「マクドナルド」の登場によって活性化が図られる頃だったように思います。
 ハイカラないでたちの店舗デザイン、ハンバーガーといった一見おしゃれな食べ物が銀座に出現し、あこがれの「アメリカ」を垣間見たカルチャーショックはマスコミ、経済誌をにぎわせるようになっていきました。
 レストランチェーンは関東の片田舎の食品スーパ―からの転身「すかいらーく」九州は博多の小さなレストラン、ベーカリー、アイスクリームを販売していた「ロイヤル」が「万博」の大成功によって本格的なチェーン化に乗り出した。この2強が各地で競合していきました。加えて流通業であるイトーヨーカ堂系列の「デニーズ」この3社を御三家と呼んでいました。
 また、ビジネス計数のモデルとしての損益勘定を鑑みその利益率の高さから多くの既存企業が進出していきます。いわゆる「外食産業の幕開け」です。
 新しい市場を見つけたとばかり証券会社も上場を希望する企業を応援していきます。当然どっかで頭打ちになるのですがいずれにしてもこの業界が自動車産業の売上とならぶところまで来たのは日本人の「ライフスタイルの変革」に貢献したのは紛れもない事実であり、重厚長大の産業基盤が変化していったのもこのころの特徴でした。
 今まで、外食という消費活動があくまでも「よそいき、非日常、特別なイベント」であった行為が、リーズナブルでありながらも店舗もサービスも心地よい時間を提供してくれているこれらの「外食の日常」に慣れていきます。お客の成熟化が進んでいくわけです。
そこで、企業同士の戦いが本格化していくわけなんです。
 旨いものを安く・・・どこよりも・・という敵をターゲットする改革という名の小手先の戦略戦術の連続です、価格競争の本格化もこの時にはじまります。こう考えると、風靡してきた業態という名の経営スタンスが競争の在り方次第では何の意味もなく互いに「同質化」していき立地以外に差別化が出来なくなっていきます。
 競争相手と比較していき同じ土俵で戦うのか別の切り口で勝負するのか・・・転換が求められることになります。
そもそも、一体何屋なのか、何をもって世の中の役に立っているのか、人生そのものを考えなければならない時を迎えていくのです。

 業態そのものはは戦略の中心になれるのか・・・
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 小生36歳のころの悩みその⒈

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2020年12月06日

忘年会の主役


 師走の街並み、例年だと忘年会シーズンで繁華街の夜は大賑わいなんですが今年はコロナ禍によって閑古鳥
この時期は毎年飲食店の売上のアップが計られ従業員のボーナス資金となるんですが、それがままならぬ環境となっています。感染恐怖をあおるマスコミの各位は一体何が目的なのか知りませんが、インフルエンザの感染者数などの発表はない。
物事の判断基準は何かと比べるといった作業をしないとわからないはずなんですがそれをしないという事は基準が不明という事になります。
言葉の定義なしにただ発表すればいいというわけではなく、感染者のプロフィル、年代やそもそもの疾患の有無、感染経路など発表できる中で報道しないという事は何らかの恣意が働いていると思われても仕方ないではないでしょうか、厚生省からは今年のインフルエンザは昨年対比600分の1らしいではないか、ましてや死亡率からみてコロナとインフルの差はどうなっているのか、正しく判断できる情報が必要だと思うのですがね・・・

本日のスケッチは魚たち・・・例年だと忘年会の卓にのぼるはずでした

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2020年12月04日

繁盛店への道

全館4階、建坪80坪 席数400(宴会場、個室あり)の日本料理店での仕事は総合管理支配人としての立ち位置で日々の営業を行っていました。
経営者は調理師であり、仕入れの目利きは正しく、おいしいものは材料、素材の段階で決まっていくといった信条の持ち主でありました。
まあ、職人としては当たり前なんですけど経営に対する情熱は並外れた才能とでもいうべき資質を持っていたと思います。

 独立当初は30坪程度の小さな店舗だったんですが繁盛していくうちに新たなるチャレンジ魂に火が付き、「情熱が人を動かす」とばかりに金融から建物の取得から、改装のデザインから何かにつけ一流とよばれる方たちを味方につけ冒頭の規模の料理店を出店させたわけです。
仔細はともかく、この店が月商1億を稼ぎ出していくわけですからバブルのころとはいえすさまじいものでした。客単価1万円で一日当りの来客数3百名、日商300万円超が一年続くのですから毎日が目の回るような忙しさでありました。

こうした中で、チェーンストアしか学んでいなかった私にとってどんな仕事をしたのでしょう。以前さんざっばら批判してきた水商売そのものの環境が繰り広げられる毎日ではあったものの実はそこに、外食業界の将来を見たようなそんな気がしたのも事実です。
バブル期の接待のために使われることが多かったためか予算は現在のような節約はありません、会社の予算があらかじめ定められているので料理内容はともかく全部でいくらいくらで頼む・・といった注文の仕方が多かったような感じです。

私の仕事はともかく個室を予約で埋める事と宴会予約を取ることが第一優先でした。
 したがって日中はあちこちの会合に出かけては名刺を配り頂き、お店の紹介をし来店のおすすめをするのです。夜はお店に立ち昼間にお会いしたお客のお迎えをするのです。
 店の各個室は贅を尽くし立派なお部屋は料亭並みかそれ以上の造りにしてますから(有名な建築士やデザイナーによるあつらえ)接待客は満足してくれますし、価格帯も料亭より安価ですしとても重宝されていたのです。3万〜5万で接待してきたお客様にとって当店はリーズナブルだったように思います。
 チェーンストアでの客単価とは別の世界がそこにはあったのです。
売上が上がるという事は、人件費は高く設定できるし宣伝費も使えます。益々の好循環を支えていくのが売上なんだなあと当時思ったものです。
 いい店、良い料理、良い評判、贅沢な気持ちを良い料金でが、当時の思いでした。お客は商談に、社内のモチベーションを上げるための飲み会に、夜の女性(2次会に行くお店)にこの店をつかえるんだというステータスシンボルになっていったのです。
 今となっては懐かしいんですが官公庁や地元の有力企業、新進気鋭の経営者、スポーツ選手、マスコミに登場する俳優、女優などもお客でした。○○にいったよ・・・・というのが自慢話になるのでしょうねとにもかくにも日々の集客力はすさまじく、やがて2店舗目を出店することになります。
 一店舗であふれていくお客の受け入れ先をつくるというのが第一で且つ別の客層を取り入れるという目的でもあったのです。したがって一点目の敷居を少し下げたアメニティを表現していこうと企画した店舗であります。

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 復活が待たれる肥後の名城「熊本城」県民の誇りです
 今日のスケッチです。

 隆庵 




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2020年12月03日

マーケティングポジションという話

 居酒屋の卒業生といった位置づけのお客様がいます。バラエティな品揃えと比較的安価な価格設定で繁盛してきた店がお客様の体験数が増えることによって、現状を物足りなく思うようになってきます。
 そうですね、客単価が2500円〜3000円程度のなんでもありのお店って特徴のない感じがしますか安心はありますが利用頻度が落ちてもうまいものが食べたくなるし美味しい酒も飲んでみたいな、といったニーズが発生していくのは世の常なのです。

 そんなニーズを満たしてくれるのが専門性のある商品を核にしたお酒も飲めるお店の出現だったのです。・・・とはいっても昔から存在していたのですが、例えば焼き鳥やとかおでん屋とか、寿司や、焼き肉などの専門店がそうであったのですがこれらの店は「男性客」の専売特許みたいになっていて 若者や女性にとって決して快適な空間、快適な店ではなかったのでしょう。
 居酒屋チェーンの出現によって若年層や社会進出を果たしていった女性客の潜在的欲求を満たされた客層がついに男性客主体の「旧居酒屋」になだれ込んでいくわけです。
 1980年代に流行った「トレンディドラマ」に端を発した女性の活躍ぶりに美味しいお酒や、ワインの飲み方に詳しくなっていく過程から従来の「旧居酒屋」という業種が 女性客を意識したおしゃれな空間と接客レベルの向上などの努力によって繁盛業態になっていくわけです。

 他方では価格戦略を主体とするバラエティ居酒屋もまた新たな新入生を受け入れそれはそれなりに受け入れる空間づくり、居酒屋デビューの若者たちのニーズを受け入れていくわけで棲み分けを図っていくわけです。

 適正規模適正客数、という考え方がだんだんと主流になってきはじめ超繁盛店といった店づくりに陰りが見え始めます。

 そのころ小生は一店舗で一日当り400万の売上を記録していたある料理屋の支配人をしていたのですが・・・その話はまた

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今日の夕食の

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2020年11月30日

業種・業態・・・別の切り口

レストランチェーン、居酒屋チェーンが全国各地に出現したように一方では低価格路線を突き進んでいくファストフーズ一団の存在がクローズアップされていく。
ある意味において消費者にとっての利便性を徹底的に追求していった形づくり、むしろ物販店の様相を模した業態であろうと考えられます。
 テーブルサービスが余儀なくされているレストランや居酒屋とははっきりと区分けされ最小限のマナーと接客態度を死守し商品力を第一義に考えられたスタイルを確立していったのです。
 当然商品は単品にならざるを得ないのですが、単品なるが故の研究を徹底し食材の開発にはじまるマーチャンダイジングは煩雑なレストラン、居酒屋と異なり効率の高いものとなっていったのです。しかしながら、成功の原因である「単品力の向上」は一方において企業間の模倣の繰り返しによって同質化現象を引き起こしていくのはチェーンレストラン等と同様の結果を招いていき、結果として立地以外の差別化が出来にくくなっていきます。
 さて、立地に関しての論点は人々のライフスタイルの在り方、その変遷や働く環境の変化、産業構造の変化などの外的な様相とそれに伴う交通網の変化によって立地の特性は大きく変動していくものだという事をまず考えなければなりません。
 ライフスタイルに関しては私たちの生活環境がどのように変わっていったかをみなければなりません。それには大きく産業構造の変革に起因しており、その変革に付随して様々な要因が派生していきます。モノが不足していた時代からモノ余りの時代といわれている昨今の様相を考えると一律一様なニーズというものはもはや存在してません。一部コモディティ商品は便利さと価格がポイントなんでしょうが 自らのライフスタイルと照合しながらのモノに対してのニーズは多様であります。

 食に関して立地との相関関係を考えてみる時、特筆すべき環境はまずはランチ時間でしょう。お昼に何をどう食べようかとしたときに多くの人々がその時間帯にどこに位置しているか地理的環境が先ずあります、地理的環境とは即ち「どこで食べようか」といった決断をしなければなりませんね その時のシチュエーションに関係するのが「誰と」なのか「一人で」なのか、その誰かとはどういう関係性を持っている「誰か」によっても決断の基準は変わっていきます。次にこのシチュエーションの場合に「何を」食べるのかという判断が必要ですね、じゃあ予算は、支払いの方法は等、また誰かとという時に何人なのかという観点も考慮すべき点ですね・・さように昼の食事一つにもこれだけ判断しなければならないのです・・・描いてみると結構な作業のようですがこれらのことを一瞬の時間で判断するわけです。その判断する時間帯にどこにいるのかどの立地が良いのかを前もって仕掛けておくのがお店の作戦であり、お店のレゾンデートルの在り方を決定する要素です。
 この思考はお店を出す時に欠かせない出店者の仕事なのですが、どういった使われ方をしてほしいかを明確にしているお店って意外と少ないもんです。
 いずれにしても立地と商品、価格、店舗の規模・・
様々な要素が絡み合った中でお客様の選択肢の中に存在することが大事なのは当然であります。判断すべきあなたにとっての店選びの優先順位は何ですか?
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 急にたべたくなるとき、ショッピングセンター便利ですね



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2020年11月24日

居酒屋の話

居酒屋は元々江戸時代の酒屋が付加価値サービスとして一杯ずつ酒を提供するという事から始まったといわれています。江戸は中心的大都市だったせいか地方から次男や三男が職を求めて集まってきたともいわれており極端に独身男子が多かったのだという事で、遊郭や飲み屋などの発展がなされたのではないのかと思われるのです。
 さて、その居酒屋(飲み屋ばかりでなく蕎麦屋、うどんや、屋台なども)なるものが、爾来時代劇などでもよく登場するように庶民の間でその業態が確立されていきます。
 当然のことながら小規模の店舗が主流であり生業として存在し、次に家業となっていくのだと考えられています。さて、時は流れ近代へと進んでいくのですが、ごく最近まで、というか昭和の時代には人々の集まる個所としての駅前食堂などがその役割を担っていたと考えられます。
その形態としては親父さんが料理長、奥さんが接客サービスが典型的なスタイルであり、文字どおり駅前に集まる働くおやじの為の癒しのスペースとして存在していたのであります。
 小さなスペースでの営業は一度にたくさんのお客に対応することは困難であり大人数の対応は、○○会館とか料理旅館、料亭などが対応施設だったのでしょう、今でもその名残が地方の町には存在しています。
 いずれも低生産性であり会社とは名ばかりのものでしたが現在は地方の町には成功していった駅前食堂の形もあったのです。おおむね三つの顔を持つ店がその形です。
 一般の定食屋兼居酒屋、そして宴会場併設、場合によっては個室対応の食堂などを有する店がその典型です。計数管理不在の前近代的な店舗経営が中心です。
そうした中1970年代のチェーン化レストランの台頭から若干遅れながらも企業化を目指す居酒屋群が現出してきます、「つぼ八」「天狗」「養老の滝」洋風では「ビヤホール・ライオン」などが多店化していきます。
 チェーンレストラン群からの脱皮組として居酒屋業態への挑戦も一部では見られますがこれは競争激化のファミリーレストラン群でのサバイバル戦略として位置付けられたものです。具体的には関西地区のフレンドリーグループや関東の西武系、ジャスコ系、ダイエー系等などが顕著な例でした食堂という業種から、ファミリーレストランという業態は、さらにディナーレストラン、カジュアルレストランといった様々な業態を生み出していきます。
 模倣と競争の繰り返しが各社とも同質化現象を引き起こし、「消費者不在」のビジネスゲームが繰り広げられていったのです。
小生がレストランチェーンのスーパーバイザーをしていたころに少なくない同僚が各居酒屋チェーにスカウトされていきました。
主な居酒屋企業としては「和民」「魚民」「モンテローザグループ」といったナショナルチェーン、地方のチェーンなど多くの居酒屋チェーンが活躍していました。
 しかし、模倣による同質化現象は価格競争を余儀なくされ、計数管理主体の管理に限界を感じ始めていったのです。



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2020年11月18日

予算と実績

 承前
店舗運営にて得た利益の貢献度に応じて「インセンティブ」として毎月の給与に加算されるといった制度が設定されるに至ったらいよいよ短期決算といった目前の計数、利益高に目を奪われがちになるのは当然の理でありました。目先の利益を追求するあまりに原価や人件費を究極に押さえることで利益を生む、本来修理の必要な箇所も見過ごす、電球がきれていても補てんしないなど店はだんだんと荒れていきます。一〜二年程度はなんとか乗り越えられてももともと無理な仕事をしているのですからおのずとじり貧になっていきます。
 確かに年次予算も月次予算も達成していくことは資金繰り勘定上大切な事柄であることを否定するものではありません。ありませんが、そのために将来へ向かっていく経営の在り方にぶれが生じていきがちなのも一方では危機でありましょう。
 要点はここです、計数の動きには実はお客様の意識の変化や競合の存在などに左右される要素が大きいのです。目先の数字にとらわれるあまりそこに顧客視点という最も大切な仕事がだんだんとないがしろにされてきたのでしょうね雨後の筍の如く出現したチェーンレストランの多くが苦戦をしはじめ撤退を余儀なくされるといった現象が先ず関東からはじまり、次に関西、そして全国的に脱ファミリーレストランといった動きが顕著になってきます。
 肌で感じた事柄といえば以前は圧倒的な集客力を持っていた「盆」「正月」「ゴールデンウィーク」の期間が押しなべて客数減に見舞われてきていたという事、関東での現象が翌年には関西へとうつり次に地方へとその現象が起きていきました。
 企業が内部の計数管理最優先の働き方を徹底していった結果として、「顧客の存在」に疎くなり顧客をデータとしてしか見られなくなっていったのです。また、多くの店舗が出現していった結果としてどこも同じような商品であり、同じようなサービス、同じような店舗デザインとなっていきました。
 つまりは、効率を徹底的に追求していくと同質の店舗が氾濫するのは自明の理であります。
かつて「米国」に学び、少なからずの日本人の「食生活」に豊かさを提供し、手軽な「ハレの場」を演出していたチェーンの限界を知ることになるのです。多くの店舗が小さな幸せを味わっているという事はとりもなおさず当時の「顧客・・お客様」も豊かな外食という行為をリーズナブルに体験できる機会を数多く体験したという事であります。そこにも「成功の理由が失敗の理由になる」要素が隠されていたのです。

 次に現われてきた現象が「居酒屋チェーンの台頭」であります・・・・・


次回へ続きますIMG_0411.JPG


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2020年11月09日

行動指針としての計数管理

 小生が勤務していたチェーンレストランには当時「週間損益計算書」なるものが存在しておりねマネジメント活動の指針として活用していました。従来は月次で実施されていたものが週次になったわけで作業そのものの内容は変わりませんが、何しろ7日間の実績を常に追いかけていかなければならずそれゆえに一時たりとも無駄な時間はないのです。
 月に一度の棚卸が毎週あるわけですから材料の検数もあわただしいものでした。
又、食堂業の特徴の一つに仕込段階というものがあるので、原材料の形状ごとに検数しなければなりません。
 材料が店舗に入荷される時点での形から、開封して仕訳した時点での形、さらに一次加工した形(切り出したものなど)二次加工した形(加熱や人数分に振り分けた形)最終仕上げのための保存、スタンバイの形など一つの材料がいくつもの顔を持つという事です。なおかつ形ごとに材料の価格は、つまり原価は変わっていくわけです。
 さて、棚卸は毎週の締日が日曜日でした。通常土曜と日曜の2日間で週販の50%ほど稼いでましたので最後の日曜日閉店時には(24時間営業店舗ではレジシメ時間に)在庫も少なくなっており、比較的楽に棚卸が出来るであろうとのことでその日が当てられていたのですが、人は疲れているもんだといった配慮はなかったように感じます。
 日曜日に検数した材料の金額計算、その他パートの人件費、諸々の消耗品費などを帳票に書き込む作業が月曜日。その結果を元に地区マネージャー主催の地区会議が火曜日、店長は地区マネージャーからさんざん問題解決のための指導を受けますが、地区マネージャーは水曜日に担当店舗の集計を元にその上の地区(リージョンで4名の地区マネージャーが5店舗から7店舗くらいの担当店舗)にて20店舗分の集計、同じく問題発見と解決に関しての指導を受けるわけで、さらに木曜日までに問題解決の方針が各店に通知され、店長はそれを元に毎週金曜日につくる勤務シフトに反映させるわけです、土日は営業に専念。とこのように一週間を過ごしていきます。いきつくひまがないとはこのことでしょう。
 地区マネージャーはオペレーションに問題がある店舗に張り付いてチェックするのが土日の仕事なんですがほとんどヘルプみたいなものであり不足しているシフトに入ったりと、まあ休みなどとれませんよ。

 私自身地区の仕事をしたときなど日付がかわってから帰宅するというのが普通で、大体午前11時頃から夜中の2時までが勤務時間のようなものでした。と、今となっては笑い話ですが・・
 産業化を目指し「上場」するぞと粋がっていた企業の現実の姿。こんなものだったのです・・・今もあまり変わりませんけど

 客単価の低い業態では大量の製造がないといけない、ならば何が出来るのでしょうか、高単価の仕事もしくは生産工程で人事生産性をいかに上げていくかが大きな課題として目の前に顕れてきたのです。 
 続く・・・・
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甘いものを食する倖せ 今日の挿絵


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2020年11月04日

結論めいたもの・・・チェーンストア

 人それぞれの生き方考え方があるという事は当然です。
私の場合どうしてもシステム経営優先のやり方には抵抗があって、人を中心とした考え方があって初めて有機体としての会社組織が成り立つものではないか、何のための物質であり何のためのお金であるかに関して今一度人生における「仕事の原点」を考えるべきだと思っていました。
 本来は人のために存在すべき経済が、経済のために人が存在しているというようになってしまってたように感じたわけです。
さて、引き続きチェーンストアについて私の現場体験からの報告です。
 1980年代にはチェーンレストランの発展がみられます。いわゆるファミリーレストラン御三家という企業群がトップランナーとして業界をリードしていきます。
 関東からは食品スーパーからレストラン事業へと転換してきた「すかいらーく」九州の雄であって大阪万博にて爆発的な売り上げを記録した「ロイヤル」そして、国内スーパーマーケットをけん引し関西のダイエーとしのぎを削ってきたイトーヨーカ堂系列のデニーズ」の御三家です。
 一家団欒の食事の楽しさを彼らは一般庶民へ提供していきます。高度成長を支えてきた国民の多くが中流以上の生活を満喫していった時代です。
 会社を経営するにあたってもレストランビジネスのうまみを考えれば頗る効果的な計数モデルが出現したわけです。
 例えば粗利の高さは小売業の約3倍、立地は郊外の地代の安価な場所、強力なマネジメントシステムにより従業員はパート・アルバイトの主婦や学生が主力、これらを合わせると税前利益で売り上げ対比12%以上税引き後6%以上が可能になり同じく小売業の3倍以上という事になります。
 という事は、利回りも良いため金融筋も積極的に投資を進めるというわけです。これらの現象は全国各地のレストラン企業化に拍車をかけ当時の「月刊食堂」の発行部数をも増やし、レストランチェーン化の波が至る所で巻き起こっていました。

 店数がすべてを癒すとばかり出店競争が続く・・・出店が続くという事は仕事が増えるという事でもあり雇用環境も良くなり良い人材も増え従来のような旧態依然とした食堂業界が様変わりしていきました。
 年月を経て、前述したように「成功の理由」がそっくりそっくり「失敗の理由」になっていきます。

 スペシャリスト、マネージャーとワーカーという区別もだんだんとひずみを生じさせていきます。

 続く・・・・
[016004].jpg 葱たっぷりの中華そば
今日のイラスト

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2020年11月02日

仕事人としての目標

 米国から輸入したチェーンストアというマネジメントシステムがすべての支店経営という手法を凌駕するかの如き風潮。
特にマーチャンダイジングに関して中央集権による品揃え及び物流の在り方を目の当たりにすればするほど疑問が生じてきました。確かに重層的な流通の仕組みが我が国の消費行動の上位に位置づけられていたことによる価格決定権がメーカー主導であって消費者にとって不都合であった点は承知しながらも大量生産、大量販売、大量消費というものが中々広めにくかった点考慮したとしたうえで上記のシステムに忠実であればあるほどチェーン、特にナショナルチェーンのマーチャンダイジングが陳腐なシステムに見え始めたのが昭和50年代の中ごろだったように記憶しています。
一億総中流の時代といわれ、特に物不足を感じることも少なくなり消費する商品の目利きも出来るようになっていき、いわゆる戦後の流通革命を荷ったバイタリティ溢れる創業者の生活者としての感覚と一般消費者との微妙なズレが生じていきます。
 本来ならば、第二世代ともいうべきリーダーが時代に合った戦略に転換していかなければならない時が到来していたにもかかわらず、戦前戦後とサバイバルしてきた創業者が強烈に存在していたために方針転換がなかなか進まなかったのです。

つまり今までの成功体験、成功事例そのものが失敗要因となっていくわけです。消費者はいやお客様は、個性を重要視していき皆と一緒という今までのテーゼから徐々に離れていき欲求は10人10色どころか20にも100色にも細分化されていきます。
大量消費に合致するという点に絞っていた流通の仕組みそのものにほころびが生じていきそのために経営方針も経営の仕組み、組織から何からすべて見直し再生していく必要性が生まれます。
 事業推進に対して鬼のような努力をしていった創業者には敬意を表しますが、仕事が増え人が組織化され業績が淡々と上がっていくときというのはえてして組織の官僚化が進みがちであり、内政志向になることが多くなります。強烈なリーダーシップが発揮されているからこそ内部での出世競争に陥ってしまうのがいわゆる社員の癖であることは古今東西の権力争いの歴史から容易に読み取れます。というよりそれが人間の性なのかもしれません。
 こんな現象を薄々感じていたのですが、スーパーチェーンそのものの形も変化していきます総合スーパーからより専門的な量販店の拡大傾向が見えてきました。ホームセンター、家電、コンビニ、洋服の○○、大手スーパーは大きさゆえに簡単には変革できずにいました。
 いずれ外食チェーンもそうなっていくだろうなといった予感めいたものがありました。 当時レストランチェーンのスーパーバイザーをしていた私の思いでした。
 いずれ・・・細分化されるであろう・・・その時に私は仕事人としてどうなっていくのだろうか
  続く
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 今日の一筆 今が旬のなすびを描いてみました




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2020年10月29日

水商売から脱却するために

 世の中の経済形態が大きく変化していく中、戦後の暮らしがようやく軌道に乗りかけた頃。 というより戦後復興のために必死で働いてきた人たちがようやく豊かな暮らしを始められる時代になると、流通経済の発展へとつながっていきます。生きんがための購入から楽しみのための消費活動がだんだんと庶民の間に広がりつつあり、以前なら特別な消費であって余所行きであったものが日常へと転化されていくのです。その使命を帯び実践していったのがいわゆる「チェーンストア」でした。
 「流通革命」を旗印に多くの人々の豊かな暮らし実現のために活躍した企業が知らぬ間に世界に浸透していきます。小生が永年かかわってきた業界にはいわゆる外食産業がありました。これから成長が見込めるという触れ込みで大卒の外食マンが続々と誕生していくわけです。
 外食そのものの歴史はとても古く、いわゆる職業としての水商売は娯楽の一つとしてちょんまげの時代から存在はしていたし世界各国を鑑みても王朝のあった国には伝統的な料理というのが今でもあり現代の外食の料理モデルになっていることは否定できません。
会席料理、フランス料理、中華料理などといった宮中料理などが特徴です。
 一方、我が国の近代状況を鑑みると、全国至る所に駅前食堂というのが主流としてあり日常の働くお父さんたちの憩いの場を提供していました。また、特別な会食を提供るシティホテル、○○会館、公共施設等の飲食施設があります。それから鉄道機関車内の飲食などがありましたね。

次に登場するのが百貨店の最上階にある大衆食堂。一家そろっての楽しみの食事場面の登場です。この時代あたりから高度成長のピークを迎えていくわけです。漫画「サザエさん」に出てくるマスオさんとのお見合いの場所は百貨店の食だったと記憶しています。おそらく福岡市の「岩田屋」だったと思いますが・・・注 一店舗でなんでもありのメニュー構成だった食堂も今では専門店の集合出店の場となって機能しています
 様々な外食店を整理しますと・・政治家や実業家などが会食に使っていた料亭、料理旅館、ホテルダイニングなどの老舗といわれるところ、駅前にある日常的な庶民感覚のお店、家族のための百貨店や会館などのお店、それぞれ西洋料理屋 和食や中華、そば、うどんなどいろいろと提供されていました。
多くは、家業であり規模も小さく生産性も低く、とても産業とは呼べないものでした。
 また、消費活動を支えてはきたものの昔ながらの商店も同じ理由で衰退を余儀なくされるであろうと思っていたころに現われたのが「チェーンストア理論」というものだったのです。

本部集中の仕入れによるコストダウン、標準化されたオペレーション、セルフサービス、動線計画、立地計画、など綿密な戦略が従来の問屋手動、メーカー主導の経営では消費者のニーズに対応できない、消費者の「買い物革命」を促していく「流通」革命が全国に派生していったのです。外食の世界においても同じ波が押し寄せてきます。
 レストランチェーンの登場です。

 私が転職を考え始めた頃の現象に関しての説明のその⒈です 続く・・・

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鉛筆画、たまねぎやらケーキを描く
(筆文字や隆庵)


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2020年10月27日

米国におけるストアマネージャーの仕事

 アメリカ全土に1000店舗を数えるチェーンレストラン(当時はcoffeesho)のユニットマネージャーの管理手法は商品productionmixと確か言っていたようですが、客数に合わせて必要材料を的確に所定の場所に準備するという事が第一の仕事で、その仕事に合わせて人員を配置するシフティングが同様に行われており2週間を一スパンとして計画していきます。このことは日本でいうところの「人・モノ」の手配とでもいうのでしょうか、これらの計画が、一枚のシートに一日分書き込まれていてそれを常に2週間分用意するのが仕事だという事です。
 具体的には提供するメニューアイテムの出数予測が大事であるのですが何しろ全土に1000店舗あるわけでそれらのデータを元に計画するのですからかなり正確な数値がはじき出されています。
 もっとも前提条件として米国の特徴である大衆は同じものを同じような価格で消費しいちいち味にはこだわらずどちらかというと分量が問題だという事と結構身分制度のようなものがあり、暗黙のうちにヒエラルキーを構築されていますので各店の客層がほとんど同じという事。
宿泊するホテルやレストランなど日本の様に客が様々なシチュエーションで使い分けるといったことが少ないようでした。

 いずれにしてもユニットマネージャーは、開店前にバックヤードの倉庫、冷蔵庫、冷凍庫から自分の管理する時間帯に販売する材料をリーチインにセットしたうえで各保管庫に施錠するのです。
 これは、西洋における「労働観」が性悪説にて成り立っているといっても過言ではないのですが、従業員をまず信用していないのですね。
悪さをするといった前提で管理システムがあるのです。一方日本では、信用からスタートしているのが管理方法として成り立っていましたのでその違いに驚いたものでした。
 計画と実績、その差が問題解決のための課題として設定されマネジメントはそこに役割があったようです。
この話が今から凡そ40年前私が学んで実践してきた仕事の基本でした。
 ユニットマネージャーの責務は予定通りに利益高を得る、これがすべての評価基準であり、エリアマネージャーもリージョナルマネージャーも同様でして、いかに株主の利益を得るかが究極でありました。そこには顧客や、従業員の事や、地域社会での役割などといった高邁な思想はなかったように思います。
 そこで、私自身は自らのキャリアアップのため転職をしていきます。
以下続く・・・



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秋深し、柿の実見つけました

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2020年10月26日

社会生活仕事人として・・・

承前
このころ学んだことは「理論と実践」果たして米国から輸入されたような経営理論というものが日本で通用できるのだろうか、社会生活に乏しい自分にはまだよくわからない事でした。
 つまり、今までの日本経営というものがどんなものかを知らないのだから当然といえば当然な事ではあります。
さて、そのマネジメント理論をよくよく分析していくと面白いことに気づくことになりました。まず、米国は多国籍部隊の様相、人種のるつぼだという事がまず前提。次に軍隊組織が世界一だという事。勝利を目指す戦いの上で戦略の重要性は言うまでもなくいかにコミュニケーションをとっていくか、命令を末端まで伝えることが言語の壁でさえぎられないようにするのか。究極は武器弾薬の効果的な配分などをいかに全うするかが彼らの課題であったに違いありません。
 それを解決に導く手段としてマニュアルの存在があったのです。主に図によって戦い方を説明出来るように組み立てたのでしょう。
一方においてスパンオブコントロールという概念があり一人の監督者が目に届く範囲をあらかじめ決めておいてオペレーションコントロールするといった取り決めがなされます。通常3ないし5をひとくくりとした場合自分を含めてかそうでないかは失念したが一つのユニットが組織されます。
小隊とか中隊とか大隊とか言われる組織の事ですか。

 これをチェーンストア風にいうと、店長・・・ユニットマネージャー 地区長・・・エリアマネージャー  地区本部長・・・リージョナルマネージャー これ「ラインマネージャー」とし、サポートする参謀のマネージャーたちをスタッフと呼ぶ・・
このように組織論にて理論武装を行い、それを実施し様々な問題解決に挑む。
 仕事人としての最初の10年はこのように学んだことです。
私自身は、店長、地区長というラインと商品部というスタッフ職を体験した次第です。

 この理論の実践上の問題として、日本人の性格や頭の良さや古くからある倫理観などが実はチェーン店の後の時代の問題点になっていきます。
 次回へ・・・
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