2022年06月08日

「大木のお話し」


わしは、「ビック・ツリー」と呼ばれている
この付近の長老の部類に入っている木である。
いわゆる樹齢3千年という永きを生きているのじゃ・・・
まぁ結構な物知りではあるが、何しろこの場所から動けんもんじゃから
知っていて記憶している話もまたぎきの類になり、ちと正確性に欠けるかもしれんが、渡り鳥に聞いた話をしてあげよう・・
その渡り鳥達は西の方から仲間たちと飛んできたというのじゃ とある丘に多くの人間が集まって誰かの話を聞いていた場面に遭遇したんだそうじゃ。その時・・と鳥はいった
人々に話していたひげを生やし白いガウンが光り輝いていた青年が
突如、私たち鳥を指さしてこういったのです。「みなさん、あの鳥たちを見て下さい。種子を播いたり、耕したり、食料をため込んだりしていないけど、天の父は彼らの生きるための道を与えて下さっているではないか、あなたたちはより優れた知恵を持った者たちではないか、だから命の事を思い煩うなと・・・」
鳥たち曰く、この方の名前は失念しておりましたが後に「インマニュエル・イエス」という事を知ったのです。
むろん私たちは鳥ですから人間のようにうまくは語れませんがこの方のおっしゃることは理解できました。必要なものは必要な時に与えられるものだという事でしょうね・・・
・・・といった2千年ほど前の鳥の話を思い出したのじゃ。
それから更にこのような事も言われたと、その時イエスの近くをさまよっていた雲水
が補足してくれた
「ある人が、地に種を播くがごとし 日夜起臥するほどに種子生え出でて育てども、人はそのゆえを知らず、地は自ずから実を結ぶなり」と・・※マルコによる福音書より抜粋
2021-11-13 16.57.39.jpg
posted by 筆文字や隆庵 at 09:15| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月06日

リーダーの責務

 リーダーは常に守らなければならないことがある。
自分が会社のリーダーならば社員とその家族、自分の会社の取引先とその家族、そういった困難なことを自らに課せる人、これが社長という会社のリーダー。
 国家のリーダーならさらに守るべき領域多し

2020-05-31 09.31.41.jpg
posted by 筆文字や隆庵 at 09:18| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月05日

雨の日曜日

 静かな夜明けと思ったら、しとしとと雨降り天気の朝が来ました
 世界各地で何が起きようとも今一瞬の時は、いつも希望という扉を用意しているのです

 雲に覆われているように見えてもその上は蒼天であるという事は、誰もが知っていること。そして雨は大地に潤いを与え、太陽の光とともに
 私たちにエネルギーをあたえてくれる

 今という瞬間はすぐに過ぎ去り過去のものとなっていく、貴重な時を刻んでいく。
「そうだ、この時の連続の中に私たちは生きているのだ」 と思う

 ついさっきまで暗かった空間が雨の日とはいえ明るく輝いている。

 そこに、喜びの予感・・・光の前には闇は消えるということ 凡ての生命を生かそう生かそうという神の愛を感じるものだ

2022-06-05 12.06.19.jpg

posted by 筆文字や隆庵 at 12:44| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月04日

いつも問題は人のせい

 自己反省を忘れ、常に外に問題や悩みをぶつけ一向に反省しないという人が増えている。すべて人が悪い、会社が悪い、国が悪いなどと本来の問題を他人に押し付ける人
 問題を先送りし続けてその問題をますます解決できないようにしてしまう愚かな人の多いことに辟易する
自らの人生を傷つけているという事に気づかないのかなと思う出来事が増えている

本来の我々の心は知っている。
人に迷惑をかけない 相手のことを考える 理解しようと努力する・・そのことが正しいのであるという事を

具体的には 助け合う仲良くする 励ましあう、良いことはほめたたえ悪いことは叱る 何をしてはいけないか何をしなけりゃいけないかを
幼い時に正邪善悪をはっきりして愛を育む躾けをしてておかないと
 
自己中心的になり自分の思うようにならないと 人をいじめる、たたくなどの行動に及ぶ
つまり愛に飢えた可哀そうな少年少女を生み出しているのみならず、それは次の世代またその次の世代と連鎖していく

結果不幸の世界があらわれてくるものだ

今こそ自己の確立に向かって日々の思ったこと行ったことの反省によって真実を知り、そして多くの方の幸福に寄与したいとおもうのであるる。

2021-08-18 15.37.36-2.jpg
posted by 筆文字や隆庵 at 11:31| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月03日

成功哲学なるもの

 世にいう成功という言葉に踊らされただ「物質的豊かさ」を手にしたことが「成功」と思っている節があります。
末は博士か大臣かといわれていた明治の時代から、今日に至るまでその意味は似たようなものであると捉えられます。

 されど少なくとも維新後の明治人たちと現代との違いは国家のためにその運命を切り開いた人物の数の差異であり、国家を背負うという意気込みに関して明治の人たちに後れを取っているのが現代の成功者(といわれる)たちではないだろうかと思う次第です。
 今や金持ちになりさえすれば成功者であり、又権力を握ったから成功者であり、学界の重鎮になったから成功者であり、芸能やスポーツの世界で高額所得者になったから成功者であり、それ以外は認められないというのが定義になっているようです。

 しかし、誰しもが成功を目指しているという事、決して物質所有の有無だけでは計り知れない領域であれ自らの目標を目的を達成したのであればそれを「成功者」と呼ばなければならないのです。

 実は、何度も生まれ変わっている私たちはこの地上界でなすべきことをあらかじめ決めており、その旨をあの世というところの役所のようなところに申請することになっていて、認可されてこの世に生まれてくるのです。この世に生まれてくるという事はあの世から見ればいったん死んだという事になるのです。
 何度もこのブログに書いているように、私たちの目的は調和を軸として人間本来の生きる道を学んでいるのでありその学びの中から神意を習得するというのが人生の使命であるわけですから、ある時は医者として、政治家として、又男として、女として、ある時は軍人だったり僧侶の時だったり、お金持ちだったり、貧乏だったりという人生を体験してきた魂なのであります。
 ある子供は、生まれながらにピアノがうまいとか、絵がうまいだとか、それぞれ天才的な技能を発揮する場合があります。それは過去生きていた時の体験がなせるわざなんだという事を知りましょう。
 
 努力はしておいて損はありません、今生で学んだことは次の生にもっていきますからいずれ花開くことでしょうね

 成功とは各人が生まれる前役所に登録したこと、おおよそ400字詰め原稿用紙10枚程度かは知りませんが計画書というものを皆が持っているわけで、今生で盲目的人生の旅の途中でひらめいたり、こうすればいいとわかったりするのはその計画書の存在があるからであり、また私たちのあの世の友人や、兄弟たちが心の中に電気的信号を起こし気づかせてくれることもあります。

 だから、今生においても明確な目標設定を行い、あの世にある生まれる前の計画に合致していく過程に「成功」というなのプレゼントが私たちの目前に現れてくるのであります。私自身は常にあの世の兄弟や友人たちを意識し物事に対して調和という軸を中心にした努力をしていこうと思っているわけです。

 己自身は孤独にあらず意識の中に己に関連せし守護・指導霊の存在を知るべし
 守護・指導霊に感謝しさらに反省は己の守護・指導霊の導きを受けることを知るべし

・・・・高橋信次師による「心行」の一説より抜粋



posted by 筆文字や隆庵 at 16:20| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月02日

明るく生きる

 世の中の人々の心が暗くなっているから、天変地異も起こる。仕方のないこと、そのような中でも心の明るい人は救われてゆく。正法を真面目に実践している人は救われるという現象が出てくる。(園頭広周書簡集より)

 暗い心になると、暗い現象が次々に訪れる。暗い心はマイナスのエネルギーを放出することでマイナスの現象と波長があい そのものを引き寄せるものだ。するとますます暗い心となりますます暗い状況を呼び込む・・これ自然の原理原則

 明るく生きる人は、明るい現象が次々に訪れる。明るい心はプラスのエネルギーを活用することで幸福を呼ぶことができる。

 プラスのエネルギーとは、感謝の心、調和の心、愛、慈悲、謙虚、勇気、自信、報恩など他のためになることを考える
マイナスのエネルギーは自己中心、怒り、不平不満、愚痴、くよくよ、後悔、疑いなどが心の中に存在しているから妙に疲れるものだ

 肉体保存のエネルギー源は万物をふくめ動物・植物・鉱物なりこのエネルギー源に感謝の心を忘れずに日々の生活をすべし
心のエネルギーは調和のとれた生活の中に神仏より与えられることを悟るべし

 明るく楽しく素直に生きようそして多くの人々のお役に立とう  というのが私の信念2021-06-23 15.33.57.jpg
posted by 筆文字や隆庵 at 22:03| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月01日

不動心を養いたい

 いつも思う事「不動心」「自己の確立」を目的としたとき、どんな目標を立てるべきか・・・と

私たちの心「魂」の誕生からすでに数億年の時を経ているという。
しかも、魂の遍歴はすべて想念帯という場所に記録されているだけでなく、そこにある数々の想念、思ったこと行ったことによる結果は必ず現れてきている。・・・すでに顕れてきている結果と、これから顕れるだろうという結果があるのだという事を知らなければならない。

 とりあえずは記憶に残っている原因については反省していくことが大切だと思うわけである。
いい原因も悪い原因もありそれぞれが結果として発生していくのだ。このことを知った時に不動心というものが生まれてくるのだと思うのである。

 想念帯にすべての結果となるべき原因が存在しているという事はそこに運命を司る機械的な仕組みが横たわっているという事になる。
良い原因は続ければよいし悪い原因は定期的に取り除くことが肝要なのである。それは神の慈悲である反省・・キリスト教でいうところの懺悔というものをしなくてはならないのだが

 心を暗くするような反省・懺悔ではいけないのであって、反省できることに感謝しなければならないのである。

 作用があれば反作用がある
 良い原因には良い結果が
 悪い原因には悪い結果が
 加えた力と同等なものが表れてくるのが
 神の理である
posted by 筆文字や隆庵 at 11:20| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月31日

子供の通知表より抜粋

  小学生の孫の通知表にある「行動の規範」これらの項目は子供のみならず多くの大人たちにも当てはまるものと思い、生き方の見直しを行ってみようと思い自答してみた

 1. 基本的な生活習慣・・・・(あいさつ・コミュニケーション) 誰にでも気軽に気持ちよく挨拶をする。
 2. 基本的な生活習慣・・・・(時間)必要なものをそろえ時間を守る。
 3. 健康・体力の向上・・・・健康や安全に気を付けて生活する。
 4. 自主・自立   ・・・・自分の考えをはっきり言える
 5. 責任感     ・・・・自分の係、当番、掃除などの仕事をやり通す
 6. 創意工夫    ・・・・新しい考えや方法を見つけて生活をよりよくしようとする。
 7. 思いやり    ・・・・相手のことを思いやり、友達と協力する
 8. 生命尊重    ・・・・自然愛護、自然や生き物を大事にする
 9. 勤労奉仕    ・・・・自らが進んで仕事をお手伝いをする
10. 公平・公正   ・・・・相手の立場を考えて誰に対しても同じように接し 気持ちよく生活をする
11. 公共心・公徳心 ・・・・みんなで決めたことや学校の決まりを守る

 実はこれらのことは数字で表せられる成績などより大切なことと思う。無題 - 2022年5月1日 17.35.51.jpg

 山野の名もなき花ひとり、誰にみられているかも意に介すことなく、自らの生命を輝かせている。そんな花の命も 太陽があり
 大地があり、水があるからこそ存在があるのだと そのことを知っている
 人間だけが自己中心に、欲ばって生きている。なんと愚かなる振舞かを知ろう



 
 
posted by 筆文字や隆庵 at 14:10| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月30日

誤解だらけの人生

 つくづく思うこと、私たちの周囲に蔓延している数々の出来事とそれによって影響を受ける人、受けない人。
事故にあう人あわない人、どこがどう違うのであろうか。

 単なる運・不運で割り切れるものだろうか、神の創られた法則に忠実に生きていればその災いなるものから免れるのである。という人達がいる

とはいうものの、現実に苦慮しているわけだからそう簡単に納得できるものではないのである。
 そもそも人生というのは自分自身とそれ以外の事象、物や人や組織との関わり合いの中でいかに幸福感をもって生きていこうか、と考えることから始まるのであろう。
 そして、人生とは一体どういうものであるかという事をある時は試行錯誤をして、またある時は先人たちの教えを学びながら、その解答を求めてきた。そのことの連続が人類の歴史を作ってきた大きな要因であっただろうと考えるのである。

私たちは仕事をとおして、又家庭生活を通して様々な問題解決に挑んできたものであるが、さて数々の書物や体験を通して知らず知らずのうちにそれらの問題を解決すべき手順を大まかに次のように考えてきた。

 1. 現状認識と解決後の形・・・現実はいったいどのようになっているのか、どうなっていればいいのかを図る
 2. 原因追跡、類推・・その現実をあらわしてきたのはどういう原因があったのだろうか
 3. 原因究明と課題抽出・・原因が解れば対策の方針策定ができるのである。
 4. 課題解決に必要なこと・・技術や協力者や時間や予算の獲得などのリストアップ
 5. 優先順位の設定・・緊急短期、中長期の区分
 6. そして行動基準徹底後の行動そのもの
 7. 達成・・・達成の道筋の記録
  ここまでが解決のための手順なのである。

 ところが、現状認識といった最初の段階で間違った情報・・その情報が意図されているかいないかにかかわらず、そのことを問題解決の基本としている場合はその後のすべての施策は全く無意味になってしまうのである。
 マスコミ情報を信じ鵜吞みにして間違いを犯してしまう人たちが増えてきていないか、要注意なのである。

 独りよがりで、思い込み、固定観念などが私たちを苦しめているという事を知らなければならないと思う次第である
物事の本質を理解するためには、まず物事を見る目を養わなければならない。
 法則の第一は正しく見るという事なのである。心の目で見るということをしなければならない。釈尊が説かれた「八正道」は正しく見るという「正見」からはじまり次に正しく思う「正思」と続き、次いで正しく語る「正語」という風に連続していくのである。

 多くの人たちの思惑が絡み合って現実を作り上げているという事はそこに誤解と思い込みが集約されているといって過言ではない、ついでに自己中心的な欲望も渦巻いていることも加味していかなければならないだろう。

 そうした世界の動き、日本社会の動き、日常生活の中での動きなどは法則に照らし合わせて考えよう・・・と日々自らに問いかけている
posted by 筆文字や隆庵 at 17:20| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月27日

誤解と思い込み

 世の中のほとんどの事態は誤解と思い込みで成り立っている。そこに真実を見出すことができるのか、例えばある人のこと。彼は噂によると○○の癖があり中々難しい性格だよね・・などとある有力者が語ると、そのまま世間に流れ そのようにある人レッテル張りがされる。これ世の常なるもの。
 マスコミによる報道は誤解の根源となりかねない。
誤解どころか社会生活に悪影響すら与えかねないのが現代のマスコミだといいたいところであるが、この手の類は大昔から存在していたのです。 人のうわさしかりですな、
今みたいに情報伝達手段がなかった頃においても同様に社会は多くの誤解から成り立っていたような気がするのである。
このことは、太古の昔からそうだったであろうと思います。
だから、釈尊は八正道を説き、正しく見よと説かれています。現象に対してその背後にある因を配慮してみなければならない。というのは同じ現象にさいして様々なことを感じるものであってそのことにとらわれてはいけないのであって自らの心の中に問いかけるという事が大切である。
という事なのです、

思い込みで判断したりしてはいけない

posted by 筆文字や隆庵 at 11:08| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月23日

知識は人生にとってどんな意味があるか

 えてして頭の良い人というのは、物事を知りえたというだけで満足してしまい、現実の暮らしにどう生かすのであるかという行動力にかけている場合が多いように思います。
 知識を得たらそれを実践し、その知識がいかなる結果をもたらしたかを知る必要があると思うからです。
そう思わないと知識そのものを成立させているいろいろな要素に対して失礼じゃないかとも思う次第なのです。
 知るは行いのはじめ 行いは知るの完成・・・というメカニズムこそが私たちを大きく成長させ人生を豊かなものにしていく手段であると考え
 (良いと知ったら為せという「知良致」「知行合一」という陽明学の教えに準ずる)

つまり行動を伴わない知識などなんの役にも立たない、智慧になりえないという事なのです。

 私たちが必要としている知識、教養というものは無論インターネットなどにあるような薄っぺらい雑多な情報の集合体ではないのであり、又書斎に閉じこもって本をめくってばかりばかりでは得られないものであります。
つまり現実対応型によるものでなければならないのです。
 屍のごとき知識ではなく日々の生活に役立ち、命を吹き込まれた知識として、さらにその知識に情緒や、形(行動様式)と一体になった時に智慧となり真の教養という事になるものと思います。

では、情緒や形とは一体何であろうか、

情緒とはほぼ先天的に備わっている喜怒哀楽という心の動きではなく、より高次元ともいえる後天的な体験から得られるものと思われます。
 その人が生まれ育った環境や思想、習慣などによってどのように培われてきたか、どんな人生を歩んできて、どのように反応してきたか、その繰り返しによって後天的な人格が形成されるものです。
 その教養の中には「美的感受性」「正義感」「もののあはれ」感じるもの感性とでもいえるものが含まれているという事をここでは述べています。
私の考えている情緒とは、自らの周りの環境に対してポジティブな思考をもって対処しようとする心の働き、学問と体系化された行動哲学
 されど非論理性なものに対する心配り、科学絶対主義に対する反対意見の整理、弱者に対する思いやり、卑怯を憎む心、正義感、勇気、誠実性、また文学や芸術に関する造詣や歴史、歴史が作り上げてきたブランドなど、例えば日本国を日本たらしめている国家理念や、皇室をいただくといった世界に類を見ない国であることの自覚、過去現在未来にわたって有するイデアなどを含めたもの。これを教養の礎にしたいものだと
思う次第です。

 これらは、ポジショントークしかしない政財界の大物といわれている似非エリートたちやテレビ・マスコミでもっともらしいことを自信満々に語る人々でなく幾年月にわたった歴史の中に存在した聖人や愚人や庶民の中での様々な物語を書物によって知ることで身につくものだといえましょう。

それこそが人としての生き方であるし嘘のない誠実な人生を歩むことのできる秘訣だと思うのであります。

 偉大なる指導者から原理原則を学び、庶民の文学や芸能からもののあはれを知った豊かな人間性を発揮し
 ある時は笑い、涙し、共感しながら日々の生活から学んだことを自らの歴史として今生を有意義なものにしていきたいと
 思う次第であります。
posted by 筆文字や隆庵 at 14:43| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月21日

知性と調和と

 調和に関して考えてみると、調和には高低があります。
調和の頂点は「宇宙即我」であり低次元では「自我我欲」であります。
自我我欲は調和とは言えないが自我我欲におぼれるものはその状態が「調和」とみているかもしれません、しかし現実の想念行為は客観的にはわかっている事柄でも、自分に都合の良いように是非判断を下している場合が多いのではないかと思うのです。

 どう考えてみても客観的事実を踏まえたら「新型コロナ」などはインフルエンザと同じ程度の扱いでも構わないとはおもうのですが政府はエボラ出血熱などと同等の伝染病扱いという位置づけを変えませんし、医師会、分科会も同様で国民の暮らしを不自由にしたまま ただ「怖いよ」というだけのマスメディアのいいなりになっていっているのは、問題が起きた時の言い訳になるといった選挙対策、つまりは自我我欲の議員と医師会その他関係各位の間違った行動だといえるのではと、思う次第です。いずれにしても利権が働いているとしか思えない現状ではあります。

 本来の意味においてそこが調和であるか否かの一線は自分の欲望のためだけに知性が動いているかどうか、物の効用のみに執心し物の成り立ちを忘れていないか(すべてのものは方便にしかず、本来心主体でなければならない) 正しい想念のもとにこそ真の智慧が湧現されるものだという事を私たちは知らなければならないのです。
そこで、目的と手段のバランスを見なくてはならないという事なのですが、実際のところ調和を目的として働いている知性は智慧となって心の底から湧き出てくるのであって
たいていは望んでいる良い結果が表れてくるものなのです。

 調和を目的としてものごとを進めようとするときは天からの加護があるのです。それはなにも知性だけではなく感情・本能・理性についても勿論のことですが。天の加護といってもそれは私たちに非常に縁のある守護霊・指導霊の導きであります。
 あることについて、追求し求めていると私たちはしばしばヒラメキや直観というものが働き全く関係なき事柄があっという間に結びつき成功につながったという体験は誰しもが持っているでしょう。

 これらの作用はもちろん本人の努力の結果であるがしかしその努力に対する示唆が守護・指導霊からあるというのも事実であります。
自ら努力しないでタナボタ式に何かを求めようとしてもこうした作用は働きません、第一 知性を通して知識という縁が結ばれていないので智慧もわいてこないのであります。
 前世で学んだものは今世でも何らかの形で同じものを学ぶ機会があるものだ、だから今生でそうした縁をつくると本人の心の広がり(自我我欲を捨て去るとおのずと心の広がりは実現する)に応じて必要な智慧はどんどん湧いてくるものなのです。
 知識は外的なものであり智慧とはその外的な知識が心の中で濾過され、体験という努力を通して現れてくるものであります。

 私たちがこの世に生まれてくる前に守護霊とは様々な点での援助や叱咤などについてお願いしているという事を多くの人は知らない
 古人のことわざに「天知る・・・」「天網恢恢・・・」などというのはこのことなのであります。守護霊が私たちの今生での思念や行為はすべて筒抜けであるという事です。

 自己保存 自我我欲の煩悩をすてよ さすれば天からの示唆に敏感になっていき間違いが少なくなっていくのです。




posted by 筆文字や隆庵 at 16:46| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月20日

故郷の記憶

 私たちの肉体は父母からいただいた。肉体の故郷は遠き夢の中にあるようで、生まれそだった田舎の風景がいつもぼんやりとはいえ
心の中の記憶としてよみがえるもの
 山野の名もなき花もひとり、誰にみられるかも意に介す事もなく自らの生命を輝かせている
そんな花の生命も大地があり、水がありそして太陽の光があるからこそ
そこに存在することができるのである

 これ大自然の理 一人で生きていくことは許されないという事を花も 山も知っている
いわんやわたしたちにおいてをや
 この理をしらずして生きてゆけるものではない。

 人間よ目を覚ませ、単独で存在できるものなど何一つないという事を確認せよ、私利私欲の行為が誤りであることを日々の出来事や過去の歴史から学ぶのだ

 先般半世紀ぶりに同級生と交流した、故郷の写真を送って頂いたので絵にしてみました。

高森両へいから.jpg

 
posted by 筆文字や隆庵 at 09:11| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月19日

環境との調和

 私たちを取り巻く環境、大自然の存在 なかんずく花鳥風月、森羅万象の営みすべてが一定の律動をもって私たちの目前に展開されていきます。
 春夏秋冬という季節の移り変わりを持つ日本の風土は多くの文化を生み出し支えてくれています。

そうした世界観をもつ私たちは、景色の移り変わりに感激し、感謝するものとして新たな数々の文学や芸術を育んできました。
 とりもなおさずそれらのシーンは紛れもなく私たちの人生を彩ってくれたと思うのです。

私たち人間は大宇宙の大自然界から見れば極小の世界にいるとるに足らないものだと思うけれども
心の世界ではこの大宇宙大自然界につながっているという事を知っています。

 これらの営みが私たちに大いなる恵みを得ているという事に感謝したいものです。

大宇宙大自然界に意識あり 意識は大宇宙体を支配し万生万物をして調和の姿を示さん
posted by 筆文字や隆庵 at 21:45| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月18日

体験に学ぶ

 禍福は糾える縄の如しとはいうものの、本来は福だけで済めばと誰もが思うこと。

 しかし、はからずも禍にまとわりつかれ一向に心の安定を得ることができないと、いう事も現実として否定はできないものであります。その折に私たちはいかなる心構えでいることが大事なのかを考えてみたいと思います。

 そもそも、禍(わざわい)とはいかなることを指すのでしょうか、今の自分が置かれている環境が気に入らないとか物質的な飢餓があるとか
病気で苦しんでいるとか、知識が不足しているために世の中に対応できないとか、いろいろあります。
 それらは何らかの原因があってそうなっていることを考えもせず○○が悪いとか、問題が自分以外にあったのであるとか言って責任転嫁している人の多いこと、運がいいとか悪いとか といった言葉も何かほかに問題を転嫁しているのではないかと、自己反省している人は少ないのではないかと思う次第です。

 なるほど、世間を見るとそう思わせられるような事件や事故が多発していて、どう考えても他人のせいであって当人には問題がないではないかという事案は数多く存在しています。それでも、自分が作った原因の結果だという事。これが因果律という法則であるという事を仏陀も、イエスも述べているのであります

 結論からいうと、その禍も含めて福なのであるという事であって、人間の生命の目的と使命は魂の成長なのであるから禍福もそれぞれがその材料なのだという事
 死しても永遠に生きているのだから一時の死に執着しない その禍福から学ぶべきものを発見し自らの魂の成長を図っていく。
これこそが正しい心構えだというのが真理であります。
posted by 筆文字や隆庵 at 20:36| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする