2022年04月05日

魂の根源

 地上世界で暮らしているということは、私たちの本来の故郷であるあの世というべき精妙なる波長の世界から、荒ぶる波長鈍重な振動で成り立っている場に、転生しているということであって、いずれはあの世に戻らなければならないという運命を 誰もが持っているのであります。

 いわばその鈍重な世界で盲目の人生を歩むことによって魂の修行をしているというのが私たちの使命であり、いずれあの世という魂の故郷に帰った時には、以前よりも成長した姿(調和された形)をこの地上の世界に送り出してくれた守護霊や指導霊、また友人たちに見せなければならないのです。
 その姿をみて彼らはお祝いをしてくれるはずです・・・これらのことは「シルバーバーチの霊訓」のそこかしこに書かれてあります・・

 先述したようにわずか10%の意識で生活している私たちの盲目の人生行路の道案内をしてくれる霊が常にあの世という世界に存在し、ことあるごとに私たちの心にヒントを与えてくれているのですが、欲におぼれ、ものにおぼれ自分勝手に生きている私たちにはなかなか伝わらないのです。
 それでも、こういうことがあります、あることについて追求し求めていると私たちはしばしばひらめきゃ直観というものが働いたりします。又全く関係のない事柄があっという間に結びつき成功につながる経験を誰しもが持っていることです。
これらの作用はもちろん本人の努力の結果でありますが、しかしその努力のに対する守護指導霊の示唆もあるからなのです。

 その示唆はある種の電気作用ともいうべき刺激によってなされているのではないでしょうか。

 自ら努力しないでタナボタ式に何かを求めようとしてもこうした作用は働かないものです。
 調和を目的として知性が働くとき守護 指導霊の導きがあります。これは何も知性だけではなく感情 本能 理性についてもむろんのことです。

 前世で学んだものは今世でも何らかの形で同じものを学ぶ機会があるものだと高橋信次師は述べられています。音楽家である小澤征爾氏はワグナーの魂であると「心の発見」という著書に記されています。
 
 私たちも過去学んでいたことや従事していた仕事などに関連していることを今世でも縁を持っているかもしれません。
そう思うと何事も努力を惜しまないことが大切でしょう。しかもその努力は永遠に自分のものになっていくわけですから・・・


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2022年04月03日

過去世現世来世は生命流転のサイクルである

 今、私たちがこの現象界(地上の物質界)に生きているということは、すなわち過去も生きていたということになるわけであり永遠の旅を続けながら「創造主の心に」一歩でも近づかなければならないというのが万人に与えられた使命なのであります。

ところが修行の場として与えられているこの物質の世界ではあの世の世界での生活と違い自らの意識は10%しか表面化しないようになっているため中なか過去の経験によって培った知識や能力を発揮できなくなっているのです。

 あらゆる物質の仕組みも同様であって10%の表面化された姿になっているのです
例えば、氷は同じ分子式であるH2Oの水の中では全体の10%が顔を出しています、同じく溶けた鉄の10%しか表に出ていないようにです


 その潜在している意識の中には何億回と転生輪廻を繰り返してきたところの偉大な智慧が眠っているということになります。
そこで、その偉大な智慧を呼び起こし現実の世界に役立て行くことができれば身の回りに起きている問題解決が容易になるのです。
 それを「心の窓が開く」とい言います

 心の窓が開かれると、未解決の問題は次々と解かれていきます、その時その人は己の使命の重大さを悟るでしょう。
 それは学んだから解明したのではなく潜在意識の90%の中にある心の智慧の泉から湧き出してくるからである。

 般若心経の中にある般若波羅蜜多とはそのことを解いているのであります。

多くの人々は肉体という物質をまとっているためその魂意識の10%で人生を送っているため、人生の苦しみを自分で造り出してその結果を直接受けるようになってしまう。

 あの世から私たちに霊感を与えたり援助しようと思って協力している魂の兄弟や友人たちの通信すら中々受けられなくなてしまっているのが残念ながら現実なのであります

 私たちの魂は、意識はあの世と通じていて誰もが発信機と受信機を持っているのですが波長、振動数を合わせられないため通信ができなくなっているのです。

 この世に生まれる前に約束していた両親の間に生を得、肉体人間として人生が始まる際 天上の世界から見守ってくれる約束をしている守護霊、指導霊多くの友人は、激励会を開いてくれているのです・・・生まれたばかりの赤ん坊が「にこにこ」笑っているのはその魂の仲間たちと交流しているのです。そしてまもなく交流はいったん閉ざされ人生を送るということになるのです。

 こうした縁があったとしても気が付くことが少ないということは生まれる前につくった今回の人生の「シナリオ」にたいしてなんとなくは覚えてはいるものの、肉体人間として成長したとしても10%の意識ゆえか、現実社会においてだんだんと間違っていき 物質的 経済的、地位や名誉欲  情欲的、自己中心的な人生を送ってしまうためである。
 しかしながら、私たちは正しい行為をなす自由と同じく誤った行為をなす自由も与えられているのも、創造主の愛なのだということです。
要は、肉体人間である必要性は過ちを自らの成長の糧とすることを望んでいるのであります。


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2022年03月22日

真の信仰生活について

世の中において信仰していない人々が皆無であってすべての人が信仰に値するものを持っているとは以前書いた。
問題は、信仰する対象が一体何かということであって、その対象によって幸不幸が確実に顕れてきているのであり、その是非を自らが受け入れなければならないのだという事を知らなければならないのである。

わたし達が生きていく条件として宗教団体が必要なのでしょうか

わたし達が生きていく条件として必要なのは大自然の淡々とした営みを知ることであってその営みの循環こそが信仰に値する現象なのである。
この大自然の営みに感謝し、その大自然の摂理に沿って生きていくことか゜真の信仰生活といえるのである。

物質社会に於いても

心の社会に於いても 同じ自然の法則が働いている訳でその法則はどんな宗教団体に属しようが、神仏を信じようと信じまいと同じ現象が起きるのであるという事を知らなければならないのである。

○○会とか○○教とかいう存在は全く意味のないことであり自らの思ったことや行ってきた事こそが自分の存在でありその思ったことや行ったことが自然の法則に反していたり自然の法則に忠実であったりしたことが今の自分を作っているという事を認識し自らを省みる習慣を日常の生活に取り入れる事が真の信仰生活であると思う次第である。

自然の法則とは以下の事をいう

1. 原因と結果の法則・・・あまねく宇宙の法とは一つの原因に対して必ず結果としての現象が現れるわけであって善行には善果が悪行には
 悪果が現れるのであってその結果を軽んじ消滅せしめんとするには反省という心の掃除しかないのである。神は反省というチャンスをすべての人に与えているのである。
キリスト教では懺悔といい仏教的には止観というのであるがもともとは教とかは関係ないのであるすべての事には必ず原因があるという事を知ることが必要である。
心の法則に当てはめると、愛すれば愛される 憎めば憎まれるという事、イエスは「汝を憎むものを愛せよ」といわれたこれ究極の神の意識であろう

2. 循環の法則   ・・・地球は自らが回転しながら太陽の周りを回転している、天体はすべて回転している春夏秋冬の四季があり水は液体、個体、水蒸気と三態をあらわしている、動物と植物の間には酸素と二酸化酸素の循環があるすべての物質は過去世があり現世があり来世があるという事を知らなければならない
つまり、輪廻転生を積み重ねることによって自らの神性を磨くのである。

3. 波長共鳴の法則 ・・・類は類をもって集まる、ラジオやテレビは波長があってこそ見えたり聞こえたりする。同様に明るい心の人の所には明るい人が暗い心の人には暗い心の人が集まる
「笑う門には福来る」「泣きっ面に蜂」とはこのことを言っているのである。

4. エネルギー不滅の法則・本来は一番先に述べなければならない法則であり霊が永遠不滅であることを知らなければならないのである。
 今私たちがここに命を営んでいるという事は過去世があり来世があるという事であって
 永遠という魂の旅の途中であることを認識しなければいけないのである
 また、それは一宗の話ではとうていなくてすべての人々に共通する宇宙の真理であることを
 知らなければならないのである
(脚注)人が死なないという事は肉体がなくなった後にどうしているのかという事を考えなければならない 人は地球上で生きているところの原子体が本来の自分を保つために有機質としての体を持っているのだが、実はもう一つの永遠不滅の体を持っていて地球上における肉体と表裏一体の存在としてあり、地上の肉体が滅びればこの有機質から離れ実在の世界で生活するための体にのりかえるのである。実在とは肉体を去った永遠の世界のことである。

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2022年03月19日

世のため人のためという虚偽

軽々しく「世のため人のため」などと宣言する人をあまり信用しないようにしています。

多くの政治家や、官僚らのセリフがいかに空虚なものかを身に染みて感じさせてくれる出来事があまりに多すぎるからであり
本来 大多数の国民にとっての存在であるべき彼らのつとめは、あたかも上級国民の如き存在感のみ示し おそらくは彼らのためにその立場を利用しているとしか思えないのであります。

また、世にある「先生」と称される存在の上位にランクされている「医者」などの少なからずの人々による
利権の独占等

 今般の「コロナ騒動」における振る舞いの数々を知るにつけてその低俗ぶりにあきれるものであります。
様々な情報は下記のような話としてネット上に挙げられていましたね

 1. ワクチン接種の独占・・・それでは間に合わなくなるという事で時の菅総理が権限によって自衛隊医療班に要請したこと。その後医師会も
 方針を変えたという話
 2. 国が病床確保のための補助金を出すという話・・・幽霊病床ともいわれた、人手不足によってできないといった理由などにより患者受け入れ拒否の話
 3. 医師会がリーダー的役割をしている政府の専門家会議によるアドバイス内容の不都合、まん延防止や飲食店営業自粛などの政策に関してのエビデンスの不確かさ・・・単なる精神論に終始した・・・またこのことを大々的に放送し続けたマスコミのフェイクニュース

 4. 昨年感染者が低下した時期にしておかなければならなかった2類対応から5類にしておくべきの機会を逸してしまい、そのために第6波の到来に適切な対応ができず社会を混乱させてしまったのは厚労省の不手際であったと思う次第です・・・過日この2類から5類への転換への答申に対して岸田首相は「今、⑸類にしたら新たに発症者増がおきた場合に対して、手続きがややこしいから・・云々」とおっしゃっていましたが、それこそが政治の仕事じゃないのかと思った次第であります。

 ひょっとしたら何か陰謀があるのではないかと疑うようなことばかりでした。

人間教育をなおざりにした誤った学歴優先の偏差値社会が生んだ、どこかゆがんだエリート意識
 人間社会の何たるかに関して全く無関心な政治家は自分の選挙の事しか頭にないとしか思えない体たらくぶり、
 「末は博士か大臣か」と勉学に励んだ明治の偉人たちとはそもそも種が違うのであろうか・・・

 国家の未来のために口角泡を飛ばした維新の志士たちの意気込みは今どこに行ったのであろうか 

 今こそ「国家観」が問われている時代なのだという自覚が欲しいものである。

posted by 筆文字や隆庵 at 12:41| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月13日

人生行路における友とは

この世に生を受け、乳幼児から始まった人生は父母の愛によって少しずつ成長していきます。時を経、幼稚園から小学校へと自らの人生時間を彩っていく体験を増やしていきます。
それぞれの子供だった人たちはやがて思春期を迎え不安定な心と格闘しながら、待ってくれない時の流れの中にある時は埋没し、ある時は希望の光をめざして努力し、またある時は自らすすんで悪をもてあそびあるいは善に執着し、それでも自己の確立を求め人生を確認する。といった経緯を経て

仕事世界に飛び込んでいきます。

学生時代ならば許されるような言動が仕事の世界では許されないのである。といった世界観か゛自分を包囲していくのです。経済優先の社会は人の心根に壁を作り、言うならば敵か味方かといった観点が主流 外的にも内的にもであったように記憶しています。

企業としての競争と同時に社内での出世競争等

派閥あり、人脈あり、学閥あり、その組織づくりは戦国時代さながらの様相が繰り広げられている状況の中において「友」とは何なのだろうかという点を考えてみたいと思います。

本来は縁ある人々はすべて友というべきものであると考えられるし、自らの属する組織のみならず取引先であるべく存在している組織もまた友であると考えたいのですが

競争競合相手として、闘争の相手として存在しているという事で反発しあうという姿を現していきます。

それでも「友」に違いないと思いこむことで心の平和を維持していったように思います。
企業戦士といわれていた職業人がホッとしてリラックスするときに交流したいと思う人がいます

それは、おそらくは経済的取引などとは関係ない立ち位置を持っている人、少なくとも経済的な関わりがない人という
事を察しているのでしょうね

本来はそうであってもなくても交流したいと思う人々についてどれぐらいいるのであろうかと考えてみたらせいぜい10名程度
学校の同級生、同じ価値観を持っている人、という具合に収斂されていくようですね

「友ありてこそ 人生の醍醐味」

「我妻こそ最愛の友」

「真の幸福は縁ある友とともにあり」







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2022年03月08日

イメージではなく真実を語る

 日々生きていると様々な問題が起こる

しかし、解決可能な問題しか起きない

 大事なのはその問題が「真実」なのか「イメージ」なのかをはっきりさせることである。

 何か問題が起きた時は「事実に」おいてのみ考える事だ

 例えば、「半分もコップに水が入っている」はイメージ
     「半分しかコップに水か゛入っていない」もイメージ
 事実は 「コップには100tの水が入っている」という事である

  だから、問題は「事実」だけを扱わないと解決することが出来ない

 事実には「起こったこと」 と「数字になること」 しかない。

 やもすれば、この世の様々な事は「噂」「臆測」によって出来上がってしまうかもしれないのだ




posted by 筆文字や隆庵 at 17:15| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月05日

手帳に書くこと

 一冊の気に入った手帳には毎年 為すべく事為したいことつまりは自分の夢を描く媒体としての役割がある。

 私の書く内容について整理してみたい

 まずは、何らかの原因で死ぬようなことがあった場合の遺言 これは毎年正月の元旦に記すものであり死体の処理のお願いがまずあり

 延命治療不要の事 葬式の手順に関する事(葬式はいらないという内容) 遺骨の処理などに至るまでのこと

 そして、夢実現のための目標表明と実現模様のビジュアル設定さらにそうなるための条件設定を描き その条件に至るまでの行為の
 
 手順をステップごとに書き記し 月次計画に落とし込んでいく

   それには、気に入ったブランドの手帳が必要だということで、今年は「ろるばーん」の実験中



 
posted by 筆文字や隆庵 at 20:41| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月03日

眼を覚ませ

貴賤
 職業に貴賤なしとはよく言われる言葉ではあるが
貴賤ありと小生はおもうのである。
 職業そのものではなく、人そのものが自ら就いている職業とは一体どんな役割や務めがあるのかを
知りもせず、また知ろうともせず、ただ日々に流されていく、そのような人が就いている職業を卑しい
 というのである。
 職業というのが経済的な側面であることは否定はできないものの、単に報酬を得ることだけに特化した場合
人様のお役に立つといった本来人間の持ちうる、高邁な思想をないがしろにしているのではないかと
  考えるのである。
 利益追求のみを追い求めている姿
 自分さえ良ければ他はどうなってもいいという考え、また自分の任期だけ問題がなければいい
 そんな考え方で生きている人をあえて卑しい人、卑しい職業といっても差し支えないのではないか、
 かつての大企業が粉飾の決算で壊されていく
 政治家は党利党略、パフォーマンスに走り国民生活になんら貢献することもなく
 亡国の道筋をつくる
 マスメディアは嘘の情報を流す
 こういう人たちを卑しい人間とよぶのである
posted by 筆文字や隆庵 at 10:24| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月02日

プロジェクト感覚で人生を旅する

 ビジネスそのものの目的達成のために私たちは、一連のミッション(到達すべき目標)に達する道筋を考え、様々な小目標 や中目標を設定し大目標に至るわけである。

 これを○○プロジェクトなどと名付け遂行していく

 ではプロジェクトとはそもそも何なのかに関して考察してみたい

 ある目的達成のためにその達成されている状態を画像としてイメージ化できているのがまず最初

 どうありたいのか、という形を定めるのだ

 それを具体化していこうとするとき、ビジネスならば期限が前提的に必要であり、イメージではなく数値にて表現できているかが
 鍵である

 例えば、売上高目標 これは企業などによく活用されている最も単純な目標ではあるものの 概ね何のために? という視点があいまい
 になりがち

 例えば、経費目標 これは売上目標達成のために活用されるものとして管理されているかがポイント 適切な運用が望まれているが
 額そのものの管理はよほどの突発的要因がなければ容易である

 とは言うものの、変動しやすい売上目標達成のためのシナリオづくりが重要な事は自明の理である

 という事はやはり売上目標達成のための「プロジェクト」推進というのが考察できる

 それには テーマ⒈ 分類・・・達成条件の数々をリストアップし さらに細かい要素を考える  例えば売上を構成する要素は下記項目が考えられる

 端的に購買数×単価 がそのまま公式となる 店であれば客数×客単価という具合になる

 さらに細かくすれば 購買品目数といった関連数の増加による購買数か単品なのかといった問題
 その為の関連販売計画といった付随する目標などが必須となりましょう

 テーマU 必要技術・知識・協力者の洗い出し・・・それぞれの分類された項目の実施に関して一体どんな技術や知識が必要なのかを考える
 
 もし自らの中にそれらの技術がないとしたら外部から取り入れるとか、買ってくるかいずれかの選択肢を持っていなくてはならない
 プロ野球はじめプロスポーツの世界で外人選手を獲得したりFAなどのごときである

  テーマV 優先順位・・・物事の流れとしてある作業を優先しないとできない科目が課題があるのは言うまでもない、場合によっては目的地に行くまでの道路や橋を作らなければならないといったこともある

  ※ 具体的なこまごました課題もまた一つのプロジェクトという事になる

  テーマW 進捗・・・つど遅れの確認と達成の確認が日常の作業となる

  ※ 行動目標は必ず動詞で表現するむことが重要である

  同じように私たちの人生もかくあるように目的達成の要素をひとつひとつ課題として解決していく その連続体が人生ではあるけれど
  
  10年 20年といった期間ごとに設定することがたいせつである

  だから10年後の形のために5年後は そして3年後 来年 今月といっブレークダウンできるようにしていくために私は自分なりにカスタマイズされた手帳を作っているのである。

  一冊の手帳は「未来をつくる」一本のペンは「未来予想図」を描く 「豊かな人生」を設計するのだ


 
  

posted by 筆文字や隆庵 at 19:48| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月25日

心に決めたことを現実に・・

 自分が手に入れたいものや、手に入れたいことを思っただけでは現実化はしない。

これは当たり前のことであって「眠りながら成功する本」「潜在意識活用法」などという書物がありはたまた

 願望実現セミナーなどといったものがあるが決定的に欠けている事がある。

それは、行為という事

 想像の世界で暮らしているならばともかく(映画のマトリクスのように)

 わたし達は、縦横高さといった三次元空間に今住しているわけなのだから、実際に実現するための

 肉体機能を使用しなければならないようになっているのである。

例えば、プラモデルを作りたいという時には全体像をイメージしながら各部品を集める作業が必要であることと組み立ての順序と方法が
いるという事。並びに組み立ての優先順位が必要という事、等々

 わたし達が望む人生を送ろうとしたならばこのプラモデル製作と同じような手順が必要だという事を知らなければならないのだ

このことを私たちの目標設定に当てはめてみると

 まず、目標達成の形を明確にイメージすること、次にその目標達成を構築している各要素を描きだし、ピックアップしておく事、その要素をどのように手に入れるかといった戦略を立てることが大切
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 その各要素の性質を理解すること、この要素は外的な影響下にあるか、または自らの技術や技能などの才能といった内面的な影響下にあるか
それによって、戦略戦術の方向性と手に入れるべき要素の優先順位が決まっていくのである。

 目標は何も仕事や経済の事だけではなく人生全般において必要だと思っている。
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2022年02月21日

大木の話

「大木のお話し」
 わしは、「ビック・ツリー」と呼ばれている
この付近の長老の部類に入っている木である。
いわゆる樹齢3千年という永きを生きているのじゃ・・・
まぁ結構な物知りではあるが、何しろこの場所から動けんもんじゃから
知っていて記憶している話もまたぎきの類になり、ちと正確性に欠けるかもしれんが、渡り鳥に聞いた話をしてあげよう・・
 その渡り鳥達は西の方から仲間たちと飛んできたというのじゃ とある丘に多くの人間が集まって誰かの話を聞いていた場面に遭遇したんだそうじゃ。その時・・と鳥はいった
人々に話していたひげを生やし白いガウンが光り輝いていた青年が
突如、私たち鳥を指さしてこういったのです。「みなさん、あの鳥たちを見て下さい。種子を播いたり、耕したり、食料をため込んだりしていないけど、天の父は彼らの生きるための道を与えて下さっているではないか、あなたたちはより優れた知恵を持った者たちではないか、だから命の事を思い煩うなと・・・」
鳥たち曰く、この方の名前は失念しておりましたが後に「インマニュエル・イエス」という事を知ったのです。
 むろん私たちは鳥ですから人間のようにうまくは語れませんがこの方のおっしゃることは理解できました。必要なものは必要な時に与えられるものだという事でしょうね・・・
・・・といった2千年ほど前の鳥の話を思い出したのじゃ。2021-01-30 11.44.34-2.jpg
 それから更にこのような事も言われたと、その時イエスの近くをさまよっていた雲水
が補足してくれた
「ある人が、地に種を播くがごとし 日夜起臥するほどに種子生え出でて育てども、人はそのゆえを知らず、地は自ずから実を結ぶなり」と・・※マルコによる福音書より抜粋

 この雲水はかなりの物知りでありこの話を説明してくれた。生意気なやつであるがわしら樹木にとって大切な水分や養分を供給してくれているのでいつも助かっとる。・・という事だが曰く「この時の真意は、原因と結果という宇宙の法を語っていられたという事なのだつまり大地にまかれた種はそっくりそのまま育つのであるために瓜の種子なら瓜が出来麻の種子なら麻の実がなるのだ。つまりまいた種子が好むと好まざるにかかわらず育つという事だから、意識してよい種子を播きなさいという教えなんだ」続けていうには「もし図らずも悪い種子をまいてしまったら直ぐに抜き取り正しい種子をまくことだとね
それは人間に与えられた懺悔という特権なんだとね」
幸いわしらは自然に忠実に自己主張やわがままなところがない分楽なんじゃなぁ・・と思った次第じゃ
posted by 筆文字や隆庵 at 21:59| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月16日

常に勉強

 先日誕生日を迎え、69歳という事で周りの人々からはもうのんびりと出来るわね・・などとこの数年いわれ続けている。
しかしながら、私は常に未来のために今を生きているのだといいつつ、色々な勉強をしているのです。もちろん仕事はずっと続けているしそのための必要な知識はどしどしと吸収していこうという意欲は衰えていない。

 たとえこの身が朽ちても永遠に心が続いている以上、勉学に限界はないのである。
原因結果の法則は嚴として存在しているので、当然いつかはその結果を受け取ることになるので今を大事にしなくてはならないのであります。

とはいうものの、現世から来世に受け継がれるかどうかは不明なれど、そう思って生きる方が幸せだとは思うのである。

 カルマというものは解消しない限りずっと自らの前に現われるもので、善には善、悪には悪という具合にいずれ現象化するものである。だから永遠の生命活動であるという事をわかり、物事の因果は必ず我が身にふりかかるという理を知らなければならないと思う。

 人それぞれの生き様にこれだけ違いがあるということは前世以前の体験が絡んでいるようです。

 一度っきりの人生だけでは到底理解不能なありようを示す人もあり、その貴重な人生を間違ってしまう人もあり
それぞれの因果律の中にあるのであろう

 だから、私は日々の努力を惜しまない

posted by 筆文字や隆庵 at 23:42| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月08日

生命の神秘

シルバーパーチの言葉

ひとは、それぞれ母となる方の子宮に
父なる方と調和されたあかしとしての受精卵として
はじめはただの物質として宿るのです
数億分の一という奇跡がそこから始まります
生命は、やがて体内で進化していきまず最初に
心臓が形作られ、母体から頂く血液の循環が始まり
脳細胞をはじめとし各各の細胞組織が作られていきます
胎児の誕生です。

その時期になると、形作られていく肉体には
その進化をちょくちょく確認のために訪れるあの世の霊
つまり、形作られていく肉体に宿るべき胎児の魂が
試運転ともいうべき
行為を実行するというのです

受胎後2〜4カ月ほどその作業が続いていきます。
その頃の母親との意識のずれが「つわり」という現象を
生じさせるというのです。

おおよそ地上の時間で200年ほど前に、母となる方
父となる方とその間で生れて二人の子供となることを
あの世というところで約束をしてきています

 それぞれの魂はあなたを母としあなたを父とし
私は子として有るというのです
最も、成長に役立つ環境を通してお互いに神の子として
「創造主」の心に一歩でも近付きましょうという
約束をするというのです

 しかし、肉体という衣をまとうと、どうしても
肉体に心が支配されてしまい、真意が分からなくなって
しまいます
 先にこの物質の世界に生れている母の意識との
ずれが生じるのはある意味当然なのかも知れません。
「つわり」は、まだ現世を知らずにいる胎児となる人
と現世に少なからずも毒されている母親との意識のずれ
バイブレーションの相違から生じているというのです。

 死は容易に理解できますが、誕生は神秘です

 神秘ですが、誕生とは物質である肉体と永遠に存在する各各の
 魂が同居するという大いなる儀式というものかもしれません

 このことは、宗教ではないのです

 すべてが、永遠に変化することのなき法則の中に存在していて
 地上におけるあらゆる宗教の違いに関係なく存在しているという
 ことを私たちは知らなければならないと
 言う事です。
posted by 筆文字や隆庵 at 11:13| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月06日

この世に生まれてくるとき

 我々は永遠の生命を持つものであり、魂そのものは神の意識から離れ自らの個性を頂いた時から永遠の旅を続けている。
この地球上にくらすようになってから凡そ3億6千年といわれている。(高橋信次師ご指導、新復活より)
 そこから数多くの転生輪廻を数えてきたのである。その転生の過程に学んでいったことが今我々の個性となっているのだ。

さて、現在地球の日本に生まれる前には天上界というべき世界に住していて今度生まれたいと思う場所をあの世の役所のようなところに申し込み、希望を伝えるのだそうで、その折には自らの魂の遍歴や自らの魂の兄弟、先輩、指導霊と相談した内容によって場所と時代を決めるそうだ

この際は予め自らの両親となるべき人にお願いしたりして決めていなければならないのである。
 お願いする人は過去にお世話になったり、お世話したりと永い魂の遍歴の中で関係の深い方であるという事は、あの世この世を貫く法則である「波長共鳴」に準ずるわけである。

 地球上に肉体を有している我々にとってはその詳細にはわからずともが縁の深い人が我々の親であるということは間違いないと思うのである。

 そこで、役所に企画書を提出 自らの「目標」を明記し「プレゼンテーション」を行うのだ。晴れて決定した後に、自らの両親の地上界への転生を見送り、自らは待機し父母の人生を天上の世界、あの世から見守るという事になる。約束通りにことが進めばいいのだが・・と心配するらしい。
 約束通りとは予定通りの両親の間で生まれるという事であるが、様々な地上での生活で両親となるべき魂がそれぞれ別の人と結ばれたという事もあり、予想と食い違う事もあるという事だ。その場合はよっぽどの約束がない場合、母の方に生まれるという事である。
 
 天上界ではその場合もあらかじめ計画されておりこの場合はこうという具合にいくつものケースは予測されているという事なのだ。
いずれにしても、我が生まれ成長するまでの間 お世話になっていくという事に間違いなく感謝しなければならないのである。

 この道理を理解すれば昨今の親殺し、子殺しの悲惨な出来事がいかに天地の法に逆らっているかが認識されるであろう。
世はまさに末法であり、本来の人の在り方について考えなければならないのである。
posted by 筆文字や隆庵 at 22:03| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月05日

モーゼ

私は水です
ある時は水蒸気であったし、またある時は氷の世界
にもいたし 水という液体の世界にも存在していた私は、
飲み水として人の体内にも存在したこともあり、
大地の草花の生命活動を推進したりしていたのです。
そうして様々に形状を変えた私は、今は雲という呼び名
になっているのです。
ん?年齢ですか?
たぶん地球という名の星が出来た時から数えると40
億年位かな、考えたことがないのでよくわかりません。
それより今日は私の体験話を聞いて下さい。
つい最近の出来事ですが、凡そ3200年ほど前の話です。
みなさんがよくご存じだと思うのですが「海が割れた事件」
と私たちの仲間の語り草になっているそのことです。
ある方が私たちの前に現われ大きく両手を広げ杖を空に
掲げ祈りの言葉を唱えられていたのです。
心に響く波動を持たれた方で確か周りのみんなからは
「モーゼ」と呼ばれていました。そこはエジプトという所の
近くでした。彼は当時の王様の命によって抹殺されそうな
幼子の頃、幸いにも王宮に拾われ王子として成人していく
という稀有な運命を持った方なのですがその「モーゼ」
いう方と私のかかわりに関してお話ししたいと思います。

先ほども申した通り杖を持ち天に祈られると私の周りに
大異変が起きたのです。急に何かの波動が起き左右上下
に揺さぶられたかと思う間もなく空に向かって噴射される
ようにちょうど水柱のようになってしまったのです。
しばらくはそのままの状態にとどめおかれていた下を見ると、
海の底が姿を顕しそこを何千何万という人や家畜が
荷車とともに通っていったのです。一体なぜこんなことが
起きたのか
と訝っている間に元の海面に戻っていったのです。
 この時の事は後日誰かの手によって聖書という書物に神話
の如く書かれていることを最近知ったのです。
モーゼという方は神様より地球の人々を正しく導く役割を
持たれた大指導霊だそうです。
                         
                    
 【プロフィール】

 モーゼ・・・今から3200年前、独裁政治下のエジプトに奴隷の児として生まれ後王宮に拾われ王子として育てられるも奴隷という過酷な環境下にある人々の存在に同じ奴隷の児として、また人間としての矛盾のため解放させる事を神の命を受け地上に生を得た光の天使である。シナイ山にて天上界の大指導霊から 【十戒】を授かる。
posted by 筆文字や隆庵 at 18:05| Comment(0) | 人生プロデュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする